FC2ブログ

スポンサーサイト

--.--.--.--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

演劇ゲーム

2015.04.07.12:50

●演劇ゲームを優先する

この世は演劇ゲームです。
私たちの本性は神ですが、それが山田太郎やモモエなどの役を演じています。

演劇とは、役(キャラクター)を演じることです。
だから演劇ゲームは、キャラクターゲーム(キャラクターの法則)とも言えます。

神の演劇ゲームでは“納得”のいくストーリーが展開されます
(演劇ゲーム=キャラクターの法則=納得の法則)

幸せになりそうなキャラの人には、誰もが納得のいく、幸せなストーリーが展開されます。
不幸になりそうなキャラの人には、誰もが納得のいく、不幸なストーリーが展開されます。
(今は納得のいかない人も、あるていど宇宙の法則を理解すれば納得がいくようになります)

宇宙には無数のゲームがありますが、神が最も遊びたいのは演劇ゲームのようです。
なぜならこの世は、納得の法則(=演劇ゲーム)が基礎になっているからです。

カルマゲーム、波動ゲーム、ナゾときゲームなど、この世には無数のゲームがあります。
しかし、それらは全て演劇ゲームの1要素にすぎません。
演劇ゲームという大枠のなかに、他のミニゲームが含まれるイメージです。
これは納得の法則という大枠のなかに、他の小さな法則が含まれるのと同じ原理です。

私たちはあくまで“演劇ゲームの中で、他のミニゲームをプレイしている”のです。
折にふれ、このイメージを思いだすことが大切です。
さもないとミニゲームを優先して、大元の演劇ゲームを おざなりにしてしまいます。

演劇ゲームを おざなりにすると、不幸キャラになります。
例)
・ナゾときゲームを優先すると…
 →「どっちが正しいんだ…」「いったいどうすればいいんだ…」と苦悩する不幸キャラになる

・カルマゲームを優先すると…
 →自分のカルマを気に病んだり、無理に良いカルマ(徳)を積もうとする不幸キャラになる

・マネーゲームを優先すると…
 →モノに執着したり、損することを気に病んだり、節約しすぎてケチな不幸キャラになる

不幸キャラは、何をどう頑張っても不幸になります。
だから優先すべきは、演劇ゲーム(で幸せキャラになること)なのです。



●幸せキャラを演じる

幸せキャラになるコツは、幸せキャラを“演じる”ことです。
逆に、“演じなければ幸せキャラになれない”とさえ言えます。

素の状態で幸せキャラになれる人はいません。
もし、いたとしたら、その人はすでに神様です。


先に書いたように、ゲームはすべてポイント制です。
だから演劇ゲームもポイント制です。
幸せキャラを上手く演じて、演技点をガンガン稼ぎましょう。



●心の中でも演技する

表面的には幸せキャラでも、心の中が不幸キャラでは不幸になります。
だから心の中でも、幸せキャラを演じることが必要です。
それは、“幸せキャラが言いそうなセリフを、心の中で言うということです。

その際、演技点を稼ぐコツは、“演劇調”になることです。
ボー読みよりも演劇調のほうが、演技点(幸せキャラ点)が高いのは自明の理です。

例)
ボー読み「アリガトウゴザイマス」
演劇調「有り難うございます(≧∇≦)!!」

もちろん、全ての思考を演劇調にするのは無理なので、ボー読みでも全然OKです!



●体の演技

心の中で演技することは大事ですが、体で演技することも大事です。

ためしに、暗い顔でうつむいて「楽しい」と思ってみてください。
次に、満面の笑みで姿勢を正して「楽しい」と思ってみてください。
後者のほうが、より楽しい気分になれたはずです。

私はネガティブになったとき、ニヤリと笑って「おもしろい( ̄ー+ ̄)ニヤリ」と思います。
そうすると、無表情のときよりも、ずっと面白い気分になれます。
逆境を楽しむヒーローのような気分になれます(ドラゴンボールの悟空のような)

人は心と体でできています。
だから演技も“心と体”がそろうと効果倍増です。

いくら心で「私は幸せだ」と思っても、態度が不幸そうだと演技点は低いです。
幸せキャラの役なのに、不幸そうな態度で「私は幸せだ(-"-)」などと言う役者がいたら、とんだ大根役者です。
そこで幸せそうな態度を取れば、演技点がUPするのはもちろんです。

ポジティブな態度を心がけるの良いですが、それに甘んじて周囲への配慮を怠たらないようにしましょう。
ひとりでニヤニヤしたり、ポジティブな独り言を言ったり、気合を入れるような声を発したり、ワイワイ賑やかに騒いだり……
本人は幸せキャラのつもりでも、周囲に迷惑や不信感を与えていることがあるので、ご注意ください。



●逆転劇

不幸を完全に無くすことはできません。
どんなに人間力を高めても、不幸なことは起こります。
なぜでしょうか?

それは、この世がゲームだからです。

ゲームにおいて、障害は欠かせません。
障害があるからこそ、ゲームは面白いのです。

演劇ゲームにおける障害が、いわゆる“不幸”です。

不幸には色々な楽しみ方があります(笑い話にする、ギャグ目線で笑うetc…)
中でも、ここでご紹介したいのが“逆転劇”という楽しみ方です。

演劇ゲームに“逆転劇”は欠かせません。
“不幸から逆転して幸せになる”というのは、演劇の常套手段です。

例)
・敗北から逆転して勝利する
・失敗から一転して成功する
・苦悩を乗り越えて成長する

たいていの演劇には、逆転劇の要素が含まれます。
それは私たちが、本質的に逆転劇を好むからです。

すべての不幸は、逆転劇を盛り上げるための前フリです。
だから、
「また嫌なことがあった(T_T)」
「どうしてもネガティブ思考してしまう(T_T)」
「どうしても同じ失敗を繰り返してしまう(T_T)」
といった悩みはナンセンスです。
それらは逆転劇に欠かせない前フリ(不幸パート)です。
そこからの逆転劇にエキサイトするのが、演劇ゲームです!


苦境に立たされた時は、さまざまな視点で逆転劇を楽しんでください。

観客視点になって、
「ここから逆転劇の始まりだ((*゚∀゚*))」
と、ワクワクしてください。

作家(創造神)視点になって、
「ここから、どうやって盛り返そうか((*゚∀゚*))ワクワク」
「このドン底から、どうやって逆転劇に持って行こうか((*゚∀゚*))ワクワク」
と、想像(創像)してください。

そして、役者視点になって逆転劇を演じてください。
例)
「また同じ失敗を繰り返してしまった…m(__)m」からの
 →「取り戻せない失敗はない! 何度でもやりなおせる( *゚∇)/!!」

「俺はダメ人間だ…m(__)m」からの
 →「焦る必要はない。ちょっとづつ成長していくぞ( *゚∇)/!!」

これらは、ハッキリ内言語(心の声)にすることが大事です。
ぼんやり思っているだけでは、効果が薄いです。


どんな状況からでも逆転劇は起こせます。
状況が悪ければ悪いほど、逆転劇の快感は大きくなります。
これから起こる逆転劇にワクワクしながら、前フリ部分を演じてください!



●役意識と創造神意識

人の意識には“役意識”と“創造神意識”があります。

私たちの本性は創造神ですが、それが“モモエ”や“山田太郎”などの役を演じています。
役意識とは、この“モモエ”“山田太郎”といった意識のことです。

“モモエ”や“山田太郎”は、あくまで演劇ゲームの役であって、本性ではありません。
私たちの本性は創造神です。

しかし役意識が強くなると、
「私(モモエ)はダメ人間だ…」
「オレ(山田太郎)は侮辱された!!」
と、自分を役だと思いこみ、本気で苦悩してしまいます。
または、
「私は美人!ホホホ!!」
「オレは勝ち組!フハハ!!」
などと、本気で優越感にひたってしまいます。
または、
「ギャーー\(@Д@;)/大変だー!!」
「ウッヒョ~~ヽ(゚∀゚)ノ 楽すぃ~~☆♪♪」
と、“我”を忘れて取り乱したり、浮かれすぎたりしてしまいます。

この“我を忘れる”の“我”が、すなわち創造神意識です。

創造神意識が強くなると、
「本当の自分は創造神だ。ダメ人間でも勝ち組でもない」
と、我に返ることができます。
そして、
「これは自分が創った演劇ゲームだ。だから何も心配することはない。」
と、神のように泰然自若としていられるようになります。

もちろん人であるかぎり、100%創造神意識になることはできません。
どんな聖人にも、人としての意識(役意識)はあります。

神は創造することが好きですが、役になることも好きです。
役になってこその演劇ゲームです。
だから役意識と創造神意識は交互に強くなります。
例)
●我を忘れて取り乱す……役意識強
  ↓
○我に返って冷静になる……創造神意識強
  ↓
●我を忘れてネガティブ思考にふける……役意識強
  ↓
○我に返ってポジティブ思考する……創造神意識強
  :
  :
皆さんの意識は、このような感じだと思います。

意識は波動です。
波動がユラユラ揺れるリズムで、2つの意識は交互に強くなります(波動の法則/リズムの法則)

大我・小我といった言葉がありますが、
・大我=創造神意識
・小我=役意識
と解釈すれば分かりやすいです。

チャップリンの言葉に「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」というものがありますが、
・クローズアップ = 役意識
・ロングショット = 創造神意識
と解釈すれば分かりやすいです。



●コントロールできる意識とコントロールできない意識

この世に、すすんで苦悩したがる人はいません。
もし“苦悩するスイッチ”と“苦悩しないスイッチ”があったら、どんな天邪鬼でも後者を押したいのが本音だと思います。
なのに、どうして苦悩してしまうのでしょうか?

その理由の一つは“知識”が足りないためです。
カルマ・波動・納得の法則などの知識が足りないため、やむなく苦悩してしまいます。

もう一つは“練習”が足りないためです。
たとえば、水泳の知識があるだけでは、上手く泳げません。
実際にその知識を使った演習を積むことで、徐々に上手くなっていきます。
それと同じで、“苦悩しない方法”の知識があるだけでは足りません。
実際のその知識を使った練習を積むことで、徐々に苦悩しなくなっていきます。

さらに、もう一つの理由は“自己コントロールできないから”です。

私たちが苦悩するとき、
・自己コントロールできず、反射的に怒ってしまう
・自己コントロールできず、どうしても悪いことをしてしまう
・自分の意志とは関係なく、無意識にネガティブ思考してしまう
…といった感じだと思います。

なぜ、このようなことになるのでしょうか?

それは意識に“コントロールできる部分”と“コントロールできない部分”があるからです。

コントロールできる部分は“創造神意識”
コントロールできない部分は“役意識”です。

たとえば藤子不二雄先生は、のび太というキャラ(役)の創造神です。
創造神である藤子先生は、のび太(役)をコントロールすることができます。
しかし のび太(役)は自分をコントロールすることができません。
のび太(役)をコントロールできるのは、藤子先生(創造神)です。

自分自身もこれと同じで、創造神意識が強まれば、自分をコントロールしやすくなります。
役意識が強まれば、自分をコントロールしにくくなります。

表現を変えれば、
・自己コントロールしやすい……創造神意識が強い
・自己コントロールしづらい……創造神意識が弱い
とも言えます。

創造神意識が完全に無くなると、“無意識”になります。
だから無意識になると、全く自分をコントロールできなくなります。
“無意識=役意識”とも言えます。

実際は、「今は創造神意識がある」「今は創造神意識が無い」と二分化することはできません。
「今は創造神意識10%くらい」「今は創造神意識50%くらい」という感じで、強弱の問題です。

意識は波動で出来ています。
だから創造神意識も、波が揺れるリズムで強弱を繰り返します。

・創造神意識弱…自己コントロールしづらくなる
        ↓
・創造神意識強…自己コントロールしやすくなる
        ↓
・創造神意識弱…自己コントロールしづらくなる
        ↓
・創造神意識強…自己コントロールしやすくなる
        :
        :
皆さんの意識は、このようになっていると思います。


創造神は、すべてを完璧にコントロールできます。
しかし人間は、創造神そのものではありません。
自分に制限をかけた創造神です。
“制限”とは、“コントロールできない部分”のことです。

すべてを完璧にコントロールできる創造神が、何故わざわざ制限(コントロールできない部分)を創ったのでしょうか?

それは、神がゲームそのものだからです。
神=ゲーム”だからです。

ゲームとは「制限(ルール)のあるアソビ」です。
制限なきゲームはゲームではありません。
カオスです。

制限があるからこそ ゲームはおもしろいのです。
なんでもアリになったとたんゲームはつまらなくなります。

すべてをコントロールできる神が、あえてコントロールできない部分を創って遊んでいる、…というのが宇宙の実体です。
私たちが自分をコントロールできず、悪いことをしたり苦悩したりしてしまうのは、宇宙のルールなのです。

だから、
「自分を完璧にコントロールできるようになりたい!!
 苦悩したくない! 悪いことはしたくない!」
というのは無理な相談です。

苦悩や悪事は、ゲームの制限部分(ルール)に当たります。
だから完璧に無くすことはできません(減らすことはできます)

「どうせ無くせないのなら、とことんゲーム感覚で攻略してやる!!」
という、意識の切りかえが大切です。
完全にゲームモードに切りかえて、徹底的にプレイしてやりましょう!


いくら自己コントロールできないからといって、
「人に嫌な思いをさせたけど、あれは自己コントロールできない部分でやったことだ。
 だから私は悪くない。反省も謝罪も必要ない(-"-)」
いうのは不幸キャラだと思います。
たしかに あなたは悪くはありませんが、これはそもそも演劇ゲームです。
不幸キャラになれば不幸になります。


動物は、自己コントロール力が弱いです。
ほとんど自我(創造神意識)がありません。
ほぼ役意識(本能)で動いています。

役意識とは、いわば神の創ったプログラムです。
猫なら猫というプログラム(役)どおりに動いています。
それは、ロボットに近いものがあります。
動物は“神の使い”といわれますが、言いかえれば“神の操り人形(ロボット)”です。

もちろんヒトも、神の操り人形です。
ただ、ヒトは動物より創造神意識が強いです。
神に操られるだけでなく、神として自分を操ることにも長けています。
しかし、ヒトでも創造神意識が弱まれば、動物に近い状態になってしまいます。



●演劇意識=創造神意識=自己コントロール力

自分を上手くコントロールできない時があります。
例)
・ギブギブしたくてもギブギブできない
・優しくしたいのにキツく当たってしまう
・泰然自若としていたいのにアタフタしてしまう

これは自己コントロール力が弱いからです。
もし自分を100%コントロールできたら、上のようなことはありません。

では、どうすれば自己コントロール力が強まるのでしょうか?
それは“演劇意識”を強めることです。
演劇意識とは、「これは演劇だ」という意識のことです。

例えば、モモエが舞台でシンデレラを演じているとき、“演劇意識”になっています。
その際、モモエの意識は、
①コントロールする意識……モモエ
②コントロールされる意識…シンデレラ
という二重構造になっています。

このとき、モモエが“現実意識”になって、
「これは現実だ! 演劇なんかじゃない! 私は正真正銘のシンデレラだ!」
と思い込むと、“モモエ”という意識が無くなります。
つまり、①コントロールする意識(モモエ) が無くなり、
②コントロールされる意識(シンデレラ) のみになります。

そこでまた“演劇意識”になって、
「ハッ! これは演劇だ! 本当の自分はモモエだ! シンデレラは役にすぎない!」
と我に返ると、“モモエ”という意識が発生します。
つまり、“①コントロールする意識(モモエ)”が発生します。

端的に書くと、「演劇意識になると“コントロールする意識”が発生する」ということです。

これを人生ドラマに当てはめると、
①コントロールする意識=創造神
②コントロールされる意識=モモエ
ということになります。

つまり「演劇意識になると“コントロールする意識(創造神意識)”が発生する」ということです。

まとめると、「演劇意識=自己コントロール力=創造神意識」ということです。

実際には、「今は演劇意識」「今は演劇意識じゃない」と二分化することはできません。
「今は演劇意識が弱い」「今は演劇意識が強い」という、強弱の問題です。

つまり、「演劇意識を強めると、自己コントロール力も強まる」ということです。

あなたがプロの役者として、即興劇を演じているところを想像してください。
そのとき、あなたの自己コントロール力は、ほぼ100%になっています。
神様の役だとすれば、相手がどんなに嫌いな人でも、神様のように優しくできると思います。
変なプライドで、ギブギブできないということはありません。
本当は優しくしたいのに、キツく当たってしまうということもありません。
ほぼ100%自分をコントロールして、神様のように振る舞うことができるはずです。

劇中で、イジメられようが破産しようが病気になろうが、あたふたすることはありません。
つねに神のごとく泰然自若としていられます。
なぜなら、あなたはそのとき「これは演劇だ」と100%確信しているからです。
つまり100%演劇意識になっているからです。
だから100%自己コントロールできるのです。


演劇ゲームは、大きく言えば“バーチャルゲーム”です。
だから「バーチャルゲーム意識を強めると、自己コントロール力も強まる」とも言えます。
“これはバーチャルゲームだ”と100%確信していれば、我(自己コントロール力)を失って取り乱すことはありませんよね。

※ネットゲームの中で本気でケンカしたり、取り乱している人は、“ネットゲームの外は現実だ”と思っています。



●うっすら演劇意識

「なかなか演劇意識になれない(T_T)」
と悩む人は、“0か100か”の発想になっています。
24時間、つねに演劇意識になるのは不可能です。
それは創造神そのものです。
気づいたときだけ、演劇意識になればOKです。
というか、気づいた時にしかなれません。

「演劇意識は疲れる…(-_-;)」
という人も、0か100かで考えています。
つねに100%フルパワーで意識する必要はありません。
0.1%くらい、うっすら意識するだけでもOKです。
できる範囲で意識すれば大丈夫です。
まったく意識しないのと、0.1%でも意識するのとでは、雲泥の差があります。
とことんハードルを落として、わずかでも意識することが大切です。

かくいう私も、気づいた時だけ、ほんのわずかに意識する程度です。
特に必要を感じたときだけ、意識を強めています。
私が特に演劇意識の必要を感じる時は、
・人とコミュニケーションをとるとき
・ネガティブな気分を払拭したいとき
などです。



●自然な演技

以前の私は挙動不審でした。
動作が不自然でオドオドしていました。
どう振る舞えばいいか分からなかったからです。

しかし今は“演劇を意識すればいい”と分かっているので、動作に魔酔いがありません。
TVドラマのように、スムーズに振る舞えるようになっています。

人と一緒にいるとき、どうしていいか分からずドギマギすることがあると思います。
そんなとき、その場を“演劇”として見ると、自分の取るべき言動が見えてきます。
今 何をすべきか、何を言うべきかが、直感的に浮かんでくるようになります。

逆に“すべきでないこと”も見えてきます。
「このセリフは場違いだ」
「今はタイミングが悪い」
「これをやるとイタいキャラだ」
というのが、客観的に見えるようになります。

何も言うことが浮かばないときは、“何も言わない”のが正解です。
演劇にも沈黙する場面はあります。

“何も言わない”ということは、“何もしない”ということではではありません。
沈黙中は“沈黙を演じる”ということです。


今、私たちは人生ドラマを演じている真っ最中です。
だから演技しないと、かえって不自然になります。
TVドラマの中で演技してない人がいたら、「あの人なんで演技してないの?」と、不自然に思うはずです。

演劇の中では“演技するのが自然”“演技しないのが不自然”なのです。

演劇意識が薄いと、その場面にふさわしくない、場違い(不自然)なことをしてしまいます。
いわゆる“空気の読めないヤツ”になってしまいます。
演劇意識を強めると、その場面にふさわしい、自然な行動が取りやすくなります。

私が自然に振る舞えているのは、自然にしているからではありません。
“自然な演技”をしているからです。
キムタクはドラマの中で“自然体の演技”をしているのであって、100%自然体なわけではありません。


人間失格(by太宰治)の主人公は、人前で道化を演じていたところ、「ワザとだ」と指摘されてしまいます。
彼はそれにショックを受け、深刻になってしまいます。
しかし、この世は演劇ゲームです。
演劇においては、すべてが“ワザと”です。
私が主人公の立場なら、「こいつ何アタリマエのこと言ってんだwww」と、気にせず演技続行です。
そして、「ちょっと演技が下手だったか~。もっと自然な演技を研究しよう!」と、演技力に磨きをかけます。
もちろん、私が演じるのは道化キャラではなく、幸せキャラです!


演技することは大事ですが、演技しすぎると不自然になります(そういう人いますよね^_^;)
何ごとも過ぎたるは及ばざるが如し。バランスが大事です。

また、演技しすぎると疲れます。
疲れることは続きません。

しかし、適度に自然体の部分がありば疲れません。
コンスタントに演技し続けられます。

これは“演技”と“自然”のバランスゲームです。



●自然な演出

自然に振る舞うコツは、意識してそのように演出することです。

たとえば、人と一緒にいるとき、気まずげにオドオドするのは不自然です。
しかし“さり気なく相手に話しかける”“さり気なくスマホをいじる”などの演出をすれば、自然に見えます。
(もちろん、不自然に見えないよう、上手く演技することが大切です)

これらは、いわば“場つなぎ”“場を保たせる”といった行為です。
演劇において、このような演出は欠かせません。

「用もないのに、場つなぎで話しかけるなんて不自然だ」
「場を保たせるために、わざとスマホをいじるなんて不自然だ」
といったトンチンカンなトラップ意識にはご注意ください。

映画初主演のホイットニー・ヒューストンに対し、ケビン・コスナーが、
「セリフを言う時は、ブラシやコップを持てば緊張しない」
といったアドバイスをしています。
これは手ぶらよりも、ブラシやコップを持った方が、様になりやすいからです。
つまり“ブラシやコップを持つ”という演出をしたほうが、場が保ちやすいからです。
だから、深い意味もなくブラシやコップを持つのです。
わざとスマホをいじるのは、これと同じことです。

演劇で“何もしない”のは、場が保ちにくいです。観客が退屈します。
しかし、話しかけるなりスマホをイジるなり、何かしらの演出をすれば、場が保ちやすいです。

ときには、“何もしない”という演出もあります。
24時間、ずっと何かし続けるのも不自然です。
動と静のバランスです。



●ポジティブな演出

演出にはポジティブなものとネガティブなものがあります。

たとえば、
汚い・暗い・寒い・暑いetc……といった演出(状況・服装)だとネガティブな気分になりやすく、
キレイ・明るい・温かい・涼しいetc……といった演出(状況・服装)だとポジティブな気分になりやすいです。

ポジティブになろうとしても なれないとき、特に深い理由はなく、単に演出のせいだったりします。
涼しい(暖かい)場所に移ったり、心地よい服装に替えたり、キチンと食事を摂ったとたん、ポジティブになれたりします。

どうしてもネガティブな演出にならざるを得ないなら問題ありません。
問題のない人生ストーリーが展開されます。
しかし単なる怠慢で演出を怠っているのなら、改善の余地ありです。

「何ものにも左右されない、強い精神力を持たねば!」
という思想から、ネガティブな演出を放置するのはナンセンスです。
強い精神力を持つことは大事ですが、それと同時にポジティブな演出をすることも大切です。

ネガティブな演出は地獄的です。
神様は、この世が天国になることを望んでいます。
ポジティブな演出をすることは、この世を天国にすることなのです。



●人生ドラマ調

「演劇意識が大事なのは分かったけど、日常で演技なんてしたら、変に思われるんじゃ…」
という人は、おそらくTVドラマや舞台劇のような演技をイメージしています。
もちろん、日常でそんな演技をしたら変に思われます。

TVドラマ・舞台劇・アニメ・人生ドラマetc……
演劇には色々な種類があります。
そして、それぞれ演じ方が異なります。
TVドラマにはTVドラマ、舞台劇には舞台劇、アニメにはアニメ、それぞれ独自の演じ方があります。

TVドラマで舞台劇のような演じ方は不自然です。
舞台劇でアニメのような演じ方も不自然です。
同じように、人生ドラマで舞台劇のような演じ方も不自然です。

歌舞伎的な演技を“歌舞伎調”というように、人生ドラマ的な演技を“人生ドラマ調”と呼ぶことにします。

いくら笑顔が大事でも、ただ笑えばいいというものではありません。
人生ドラマでは、人生ドラマ調で笑うのが自然です。
舞台劇調で笑うのは不自然です。

「人生ドラマ調が分からない」ということはありません。
なぜなら演技(芸術)をカンペキに解せる人などいないからです。

芸術には正解も不正解もありません。
今の自分に分かることを精一杯やれば、それが現時点での正解です。

人生ドラマ調を、あえて説明すると、
“演技と自然の中間”といった感じです。
完全に演技するのではなく、かといって完全に自然体でもない…という、独特の芸術性です。


みんなの悩みや不安をなくすために、一日2クリックしていただけるとと嬉しいです。
ランキング上位になれば、より多くの人に記事を読んでもらうことができます。
・人気ブログランキング
・FC2ブログランキング
スポンサーサイト
検索フォーム
カテゴリ
プロフィール

モモエ

Author:モモエ
職業:デザイナー

みんなの心が楽になるようなブログを目指してます♪
リンク・転用転載フリーです!

強調したい内容が、ブログ内で繰り返し登場しますが、同じことを違う角度から説明することで、より理解が深まれば良いなと思っています。

ご質問はブログの記事をすべて読まれてからでお願いします。メールフォームは記事内にあります。

当ブログは個人運営であり、いかなる宗教や団体とも関係はありません。

携帯からはタイトル検索ではなく、URL検索をすると引っかかりやすいです。

カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。