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神様を信頼する

2013.04.20.20:51

不安、怒り、自己嫌悪など、ほとんどの苦しみは、“神様を信頼していない”ことが原因になっています。


●心配する人は神様を信頼していない

たとえば不安や心配は、
「神様は自分になにか悪いことをするかもしれない」
という疑いの気持ちからきています。
だって、もし「神様は絶対、自分を悪いようにはしない」と確信していたら、不安なんてないですよね。

「病気が心配だ」
「老後が不安だ」
「お金のことが心配だ」
「人から嫌われてないか不安だ」
「試験に受かるか心配だ」
…などなど不安や心配にはいろいろありますが、これらをつきつめれば、すべて“神様を信頼していない”ことの裏返しなのです。

確かに、病気が100%完全に治るとは限りません。
お金のトラブルがまったくないとも限りません。
試験に100%受かるとも限りません。

しかし試験に受からなかったからといって、それがすなわち“悪いこと”なのでしょうか?
そうではないと思います。
一時的にガッカリするかもしれませんが、長い目で見れば必ず自分にとってプラスに働くことになります。
病気も悪いことのように思えますが、長い目で見れば必ず自分の魂にとってプラスに働くことになります。


どんなに悪い状況に思えても、それは神様がしてくださったことです。
神様が私たちを悪いようにするはずがありません。
神様は私たちが最大限幸せになれるように、つねにベストをつくしてくれているのです。



●怒りっぽい人は神を信頼していない

怒りっぽい人も神様を信頼していません。
なぜなら怒りっぽい人は、
「相手に不快な思いをさせてでも怒ってやらなければ、なにか困ったことが起こるかもしれない」
という不安をもっているからです。

例えば子どもを怒る親は、
「子どもに嫌な思いをさせてでもガミガミ怒らなければ、将来ろくでもない子どもになるかもしれない」
という不安をもっています。

部下を怒る上司は、
「部下に嫌な思いをさせてでも怒って注意しなければ、管理不行き届きで自分の立場があやうくなるかもしれない」
という不安をもっています。

しかし、“怒って人に不快な思いをさせなければうまくいかない世界”などつくる神様がいるでしょうか?

この世界は私たちがつくった世界です。
100%私たちの納得のいくシステムになっています。

・怒って人に不快な思いをさせなければうまくいかない世界
・怒らず、愛と知恵で上手にさとせばうまくいく世界

どちらの世界に納得がいくでしょうか?
私は後者です。
だから実際に後者の世界で生きています。

私は日常生活で怒ることはまずありませんが、それで困るようなことはありません。
怒りたくなったら、神様を信頼して「別に怒らなくても困ったことにはならないんだ」ということを思い出しています。
そうすると、怒らずにすむ良いアイデアが浮かんできます。

もちろん、ときには怒ることが必要なばあいあります。
しかし実際は、怒るよりも他にもっと賢いやりかたがあるばあいがほとんどだと思います。



●焦る人は神を信頼していない

焦る人も神様を信頼していません。
ゲームなどで焦る感覚を楽しんでいるのは良いのですが、そうではなく、
「早く結婚しなきゃ!」
「流行に乗り遅れたくない!」
「ライバルに負けたくない!」
「ヤバイ! あの商品もう売り切れかも!」
などと、焦ることに苦しんでいる人です。
このような人は、
「焦って急がなければ、何か困ったことになるかもしれない」
という不安をもっています。

しかし、“焦って急がなければ困ったことになる世界”など、神様がつくるでしょうか?
そんな人を苦しめるような世界を神様がつくるはずはないと思います。

・焦って急がなければ困ったことになる世界
・焦らなくても、たんたんと今に生きていればうまくいく世界

どちらの世界に納得がいくでしょうか?
私は後者です。
だから後者の世界で生きています。

人生、ときには急ぐことも必要です。
しかし、“急ぐ”ことと“焦る”ことは違います。

急ぐとは、ただ作業のスピードを早めることです。
焦るとは、神様を信頼せず、“心配しながら急ぐ”ことです。
アタフタして、ムダに心を苦しめることです。

しかし神様を信頼していれば、どんなに急いでいるときでも、心はつねに余裕があります。
焦って苦しむことがありません。
むしろ急ぐことをゲームのように楽しむことができます。



●自己嫌悪、嫉妬、がんばりすぎる人は神様を信頼していない

自己嫌悪する人も神様を信頼していません。
なぜなら自己嫌悪する人は、
「自分は他人よりも特別におとっている。神は他人より自分のことをバカに作っている。神は不平等だ」
という怒りや不安をもっているからです。
だって、
「神様はすべての人間を平等につくってくれている。だからみんなも私と同じようにバカだし、同じように失敗する」
と思っていたら、自己嫌悪なんかしませんよね。


嫉妬する人も神様を信頼していません。
なぜなら、
「神は不平等だ。私よりアイツの方を優遇している」
「神はアイツに必要なものを与えているのに、私には必要なものを与えてくれていない」
と思っているからです。


無理してがんばる人も、神様を信頼していません。
なぜなら「無理してがんばらないと、神は自分をひどいめにあわせるかもしれない」と思っているからです。



●神様はミスしない

後悔する人も神様を信頼していません。
なぜなら、後悔とは、“ミスしたことを悔やむこと”だからです。

しかし神様はミスしません。
ミスをしないから神様なのです。
どんな失敗も、すべて神様の計画のうちです。
過去にどんな過ちをおかそうが、それはすべて神様の手のひらの上でおこったことです。
だからミスや失敗を後悔することは論理的におかしなことだと思います。

もちろんミスした原因を分析し、正しい反省をすることは大事です。
しかしそうではなく、ただ後悔することに苦しんでいる人は、
「自分(神)はミスをしてしまった…」「自分(神)は失敗してしまった…」と勘違いしてしまっています。
しかしそのようなことはありえません。
神様は完璧だから神様なのです。

「神様はミスしない。神様は完璧だ」
という視点で過去の失敗をふりかえると、すべてはさらなる成功のための失敗であることに気づくはずです。
自分を成長させ、より幸せな人生を歩むための失敗であったことが分かるはずです。

神は完璧ですから、つねにすべてを“ベスト”な状態にしてくれています。
どんなに悪い状況に思えても、それが今の自分にとってはベストな状態になっています。
だから心配したり、怒ったり、焦ったり、自己嫌悪したり、無理してがんばったりする必要はありません。
つねに神様を信頼して、ゆったり安心していてください。



●信頼度は徳の量に比例する

しかし、ふだんから積極的に徳をつんでいない人は、なかなか神を信頼することができません。
なぜなら、自分が神に好かれる根拠がないからです。
たいして徳もつんでいないのに、「自分はなにがあっても大丈夫だ」とはなかなか思えないものです。
そう思える根拠(=徳)がないからです。

むしろ、
「私はひごろの行いが悪いから、神様は罰をあたえるかも…」
「私は大して良いことをしていなから、神様も守ってくれないだろう…」
「この不幸はあのときの悪いカルマががかえってきたんだ…」
と、つねに不安や後悔にさいなまれてしまうことになります。

実際、徳をつんでいないから神様が罰を与えるということはありません。
ただ、自分で自分の行動に納得がいっていないので、どうしても自己矛盾に苦しんでしまうのです。

結局のところ、神様への信頼度は、徳の量に比例します。
なぜなら、徳をつめばつむほど、神様に好かれる根拠が増えていくからです。
徳をつめばつむほど「私は絶対に幸せになれる」「私は絶対大丈夫だ」と、自分に“自信”がもてるようになるからです。

自信とは、“自分を信頼する”ということです。

自分を信頼するということは、神様を信頼するということです(自分=神)

つまり、神様を信頼できるようになるためには、徳をつむことが大切だということですね。



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