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結婚は修行である

2012.11.18.22:20

人にもよると思いますが、結婚生活はおおよそ楽しいものではありません。
むしろ“苦行”です。
付き合い始めの頃はお互い熱に浮かされていて、人間関係のしんどさがマヒしていますが、
この熱に浮かされた状態はそう長くは続きません。
もって3年ではないでしょうか?
だからそのうち、相手に気をつかうのが面倒になってきて、イザコザが起き始め、“こんなはずじゃなかった!もっと良い人と結婚したかった!”ということになってしまいます。
日本では離婚率40%近く(ロシアに至っては75%!)もありますが、そのくらい結婚は楽しくないということですね(^_^;)

以前書いたように、この世は謎解きゲームになっています。
一見すると結婚は人生の花のように思えますが、その裏には隠された真実が存在しています。
その真実とは、実は“結婚は修行である”ということです。

人間力の高い人は、この真実に気づいていますから、誤った結婚相手とうっかり結婚してしまうようなことはありません。
しかし人間力の低い人は、この真実に気づかず、“結婚は人生の花”というイメージに引っかかって、浮かれてホイホイ結婚してしまいます。
そしてご多分に漏れず辛い思いをするハメになります。

結婚生活に悩んでいる人は、そもそもその動機に問題があります。
「一人は寂しい・一人ではいられない」という“依存心”
「老後は家族に面倒見てもらいたい」という“打算”
「独身なんてかっこわるい」という“見栄”
「独身だと人に馬鹿にされる」という“被害妄想”
「人は結婚するべきなんだ」という“固定観念”
「親がうるさいから」という“主体性のなさ”
「あんなキレイな(カッコイイ)人と一緒に暮らしたい」という“耽美状態・強い性欲”
このような邪念や雑念から結婚生活を始めたのでは、結果が良いはずがありません。
人間としての未熟さを克服するために、結婚と言う名のつらい修行をするハメになります。

人には持って生まれたDNAがありますから、生まれつき、結婚に向いている人、向いていない人がいます。
向いている人とは、上のような雑念を取り払ってもなお、心の底から結婚したいと思う人です。
もしくは自分の雑念に気づき、結婚は修行だと知っていてもなお結婚したいと思う人です。
向いていない人というのは、上のような事実を知ったとたん、結婚する気が失せる人です。

スポーツに向いている人が学者をやっても辛いだけです。
学者向きの人がスポーツ選手を目指しても、努力の割に成果があがりません。
人は自分の特性を見極めることが大切です。

わざわざ結婚という形で修行をしなくても、普通に社会に出て仕事をしていれば十分修行はできます。
だから無理に結婚する必要はありません。

しかし、自分は結婚向きじゃないと思う人でも、ある日ふと“結婚したい”と思える相手に出会う時があると思います。
その時にはぜひ結婚して下さい。
辛い中にも実りある結婚生活が待っているはずです。



○家族に甘えない

他人に気を使うことはできても、家族に気を使うことは難しいです。
人の家では礼儀正しくいられても、自分の家ではなかなかそうはいきません。
それは家族にたいする“甘え”があるからです。

お母さんは、他人の子にはとても言わないようなキツイ言葉を、自分の子供に浴びせかけます。
お父さんは、よその奥さんにはとても出来ないような失礼なことを平気で自分の奥さんにやります。
子供は、友達のお母さんには言わないようなワガママを、自分の母親には言いまくります。
これらはすべて“家族だから”という甘えからくる行為です。


家の外では、色々と人に気を使うことが多いので、家族といる時くらいはダラっと気を抜きたいのはわかります。
しかしそうすると、言動の節々に思いやりがなくなってケンカになってしまい、かえって気が抜けない状態になってしまいます。
“親しき仲にも礼儀あり”と言いますが、家族に対しても気をゆるめすぎず、つねに思いやりを持ち続ける訓練が必要です。

「家庭の中で気が抜けないなら、いったいどこで気を抜けばいいんだ」
と思われる方もいるかもしれません。
しかしそれは、“家庭=癒し”という勘違いからくる発想です。
確かに一面、家庭は癒しの場ではありますが、それだけではありません。
むしろ家庭は癒しというより“修行”の場です。
人間力を養うために神が与えた修業場-------、それが“家庭”の正体です。



○正負の法則

この世には正負の法則があります。
人は何かを得れば、必ずその代償を支払わなければならないという法則です。
人が家庭を持つ理由は色々ありますが、家族仲がうまくいっていない人は、

「一人は寂しい」
「一人は経済的に不安だ」
「老後は家族に面倒をみてもらいたい」
「働くのはしんどい。専業主婦になって旦那に面倒見てもらおう」
…などという“依存心”や

「独身はかっこ悪い」
「人から羨ましがられたい」
という“虚栄心”や、

「結婚してないと人から馬鹿にされる」
「結婚してないと親に怒られる」
という“弱気”や“被害妄想”から家庭をもっている場合が多いと思います。

このような人は、家庭を持つことによって“依存心・虚栄心・被害妄想”といった心の隙間を満たしてもらっています。
しかし、この世には正負の法則があります。
依存心や虚栄心などを満たしてもらっている人は、その代償として“気づかい・思いやり”を家族に支払わなければならなりません。
それらの支払いを少なくして、自分の心を満たすことばかり願っている人は、一種のドロボーです。
だから獄中さながらの苦しい思いをすることになってしまいます。

家族に気を使いたくないのなら、独身でいればいいと思います。
子どもなら、中学を出て住み込みのバイトで一人暮らしをすれば良いと思います。

それができないのは、家族への依存心があるからです。
自分の依存心だけ満たしてもらっておいて、その代償を支払おうとしないのは、盗人たけだけしい行いです。
家庭の中にいる以上は、“気づかい・思いやり”という代償をきちんと支払わなくてはなりません。
※中にはどうしても一人暮らしのできない方もいらっしゃると思います。その方はこの限りではありませんのでお気を悪くなさらないでください。



○中道

…と、ここまでかなり手厳しいことを書いてしまいましたが、家でも外でもずっと気を使っているのはしんどいことだと思います。
しかしそれは“家庭=修業場”という性質上、どうしても避けられないことです。
ですが、そんなしんどさを半減できるとっておきのテクニックがあります。
それはやはり“中道”です。

今回の例で当てはめてみると、
“家族に対して気をつかいすぎず、かといって気を抜きすぎず”
ということになります。
この“バランス感覚”を磨いていくことも家族修行の1つです。



○家族は反面教師

私たちには色々な“欠点”があります。
ある人は寂しがり屋だったり、ある人はワガママだったり、人によってウイークポイントは違います。
私たちは生まれる前に、
「自分の欠点を克服するには、どんな家庭に生まれたらよいだろう」
と考え、それにふさわしい家庭を自ら選んで生まれてきます。
その際、選びやすいのが“反面教師”のいる家庭です。
つまり、自分のワガママを克服したかったら、自分と同じようなワガママな親兄弟のいる家庭に生まれてきて、彼らを反面教師に自分の魂を磨こうとするのです。
父親や母親のワガママぶりを見て、「自分はこうはなりたくないな」と思うことで成長しようとします。

または逆に、自分には無いものをもっている家族を選んで生まれてくる場合もあります。
自分が“消極的”という欠点を持っていても、家族の中にとても積極的な人がいれば、少なからず影響を受けることができます。



○家族修行はどんどん楽になる

家族修行を重ねて人間力がついてくると、思いやりや気づかいがラクにできるようになります。
それは体を鍛えて体力がついがぶんだけ、運動がラクになるのと同じ原理です。
いつまでもしんどい修行が続くわけではありません。
人間力を鍛え上げ、精神筋肉がムキムキになれば、それほどストレスもなく家族と仲良くすごせるようになります。


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