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“正しいこと”は二の次

2014.04.26.16:29

「こういう場合はどうすればいいですか?」
「このようなケースはどう考えたらいいですか?」
といった質問を多くいただきます。
しかし このような考えかたでは、なかなか苦悩から抜け出せません。
このタイプの人は、私が質問にお答えしても また新たに“わからないこと”を作って悩みはじめます。

たしかに、
「なにが正しいのか」
「どうすれば良いのか」
と考えることは大事です。
しかしそれで“悩む”のは本末転倒です。
「なにが正しいのか(-_-;)」
と考えながら“悩む”という間違いを犯すのは、ミイラとりがミイラになるようなものです。

「なにが正しいのか(-_-;)」
「どうすれば良いのか(-_-;)」
と悩む人は、カルマや波動の法則をアレコレ考えているのかもしれません。
しかし肝心のキャラクターの法則を忘れています。
つまり自分が悩みキャラ(不幸キャラ)になっていることを忘れています。

ものごとには優先順位があります。
火曜よりも月曜、月曜よりも日曜が先にくるように、なにごとにも順列があります。

宇宙の根本はキャラクターの法則です。
これを後にして他のことを考えても しょうがありません。

不幸キャラがいくら知恵しぼったところで、待っているのは不幸なストーリーです。
不幸キャラがいくら“正しいこと”をしても、待っているのは不幸なストーリーです。

「私はどうすべきか?」
と考えてサクッと答えがでるばあいはOKです。
しかし一分以上グルグル考えているときは、たいがいウジウジ波動が出ています。
ウジウジ波動を出すのは不幸キャラです。

一分考えて分からないことは、それ以上考える必要はありませんそのばあいは、
「ああすべきか、こうすべきか、そうすべきか…」
「アッチが正しいのか、コッチが正しいのか、ソッチが正しいのか…」
という○進法思考をやめて、別次元の発想に飛ぶことが大事です(弁証法Ctrl+F検索)
今回のばあいは、
「あ、幸せキャラになればいいんだった(・∀・)」
という発想に飛べぶということです。

宇宙の基本はキャラクターゲーム(=演劇ゲーム)です。
だから幸せキャラを演じてさえいれば、なにをどうやっても幸せになれます。
ああしようが、こうしようが、そうしようが幸せになれます。
アレコレ考える必要はありません。
じつにシンプルです。

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とりあえずやること

2014.06.25.20:12

「ブログを読んだけど、さしあたって何をすればいいのか分からない」
という方がいらっしゃいます。
そのような方は、とりあえず、
“ブログを100回読む”
ということをやられてみてください。

読むのは ただ読むのではなくブログの読みかたをご参照ください。
自分とは関係ないと思われる内容もあると思いますが、飛ばし読みせず 全てに目を通していただきたいと思います。

これをやれば“人生に悩む”ということがなくなるはずです(断言!)
千里の道も一歩からと思って、気楽にチャレンジしてみてください♪

美しく生きる

2014.09.20.21:49

ものごとを“正しいか正しくないか”で判断することは大事です。
しかしそれだけだと不幸キャラになることがあります。

たとえば、
「同じ保険料払ってるんだから使わなきゃ損だ」
と、軽々しく病院に行く人がいますが、医療費が国の財政を圧迫する中、そのような考えはいかがなものでしょうか?

「別に法律には違反していない。
国で決められた制度を利用しているだけだ。
国民として当然の権利だ」
と思われるかもしれません。
たしかにこの主張は“正しい”です。
間違いはありません。
ですがどことなく不幸キャラな感じがするのはナゼでしょうか?

それは“美”という視点が抜けているからです。
私ならこのばあい、
「安易に病院に行くのはやめよう。
医療費は本当に深刻な病状の人に使ってもらいたい」
と思います。
なぜなら、その方が“美しい”と感じるからです。

幸せキャラになるコツは“正しいか正しくないか”
という判断基準に加えて、
“美しいか美しくないか”
という判断基準を加えることです。

「同じ保険料払ってるんだから使わなきゃ損だ」
という意識と、
「安易に病院に行くのはやめよう。
医療費は本当に深刻な病状の人に使ってもらいたい」
という意識ではどちらの方が美しく感じるでしょうか?
個人的には後者がより美しいと感じます。
※もちろん本当に困っている方は遠慮なく病院に行ってくださいね(^o^)/

規則や法律を守ることは正しいです。
だからこそ、それに甘えて美しくないことをしがちです。

「法律には違反していない」
「○○してはダメだ、というルールはない」
と、いった意識のときは要注意です。
“正しいけど美しくない不幸キャラ”
になっていることがあります。

他に例をあげると、
・「契約時間・内容以外の仕事をする必要はない」
という意識よりも、
「私を雇って頂いて感謝します。感謝の意を込めて、ちょっと余分に働かせて頂きます」
という意識の方が美しいと感じます。

・「ここは優先席じゃないから別に譲らなくてもいい」
という意識よりも、
「そんなの関係なく譲ろう」
という意識のほうが美しいと感じます。

・「どうせキャンセルすればいいや」
という意識よりも、
「キャンセルされたらお店の人が困るから、なるべくキャンセルしないようにしよう」
という意識の方が美しいと感じます
これは私が店側の人間なので特にそう思います(^^;)

その他…
・特に応援してもいない会社の株や社債を、お金もうけのために買う
・買う気もないのに試食したり試供品を使ったりする
・あまり注文せず、飲食店で長時間いすわる
・無料の備品を度を越えてもらったり使ったりする
(スーパーのビニール袋、飲食店の調味料やトッピング・化粧品のテスターなど)
・「こっちは客だ。お金を払っているのだからサービスを受けて当然だ」
と、飲食店やホテルなどを散らかした状態で出る

…などなど“ルール違反はしていないが、美しくない”行為は色々あります。

人それぞれ美意識は違うので、自分なり基準で判断すれば大丈夫です。
わたしの美意識に振り回されることはありません。

「何が美しいのか分からない」
という苦悩は的はずれです。
カンペキな美が解せるのは神だけです。
今の自分に分かる範囲でOKです。
悩むなら謎解きゲームとして悩むことを楽しみましょう♪

また、カンペキな美を追及することもナンセンスです。
人間である以上、醜い部分は欠かせません。
サザエさんもちびまるこちゃんも、ダメなところがあるからおもしろいのだと思います。
それがあるからこそ愛されるのだと思います。
完全無欠のキャラはつまりません。
醜い自分は“愛すべきキャラクター”として愛でてくださいね。


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普通はつらいよ

2014.09.30.12:56

このタイトルは斎藤一人さんの御著書から拝借しました(普通はつらいよ


美しく生きる”を読むと、かなりストイックに感じるかもしれません。
「普通そこまでしないだろ!」
と思われるかもしれません。

たしかに“普通”は国の財政のことなど考えずに病院へ行きます。
“普通”は企業理念よりも利率を優先して株を買います。

親が子どもの心配をする……普通です。
契約の範囲内で仕事をする……普通です。
動物の気持ちなど考えずに肉や卵や牛乳を買う……普通です。
買う気もないのに試食する……普通です。
店の備品や試供品を遠慮なく使う……普通です

ですが、いわゆる“普通の人”は普通に苦しい人生をおくっています。
「人生とは苦しいものだ」
というのが普通の人の感覚だと思います。
「人生楽しかありゃしない♪」
は、ちょっと普通じゃないと思います。

普通とは、いわば“中間”です。
“悪いー普通ー良い”
という感じで、悪くはありませんが、良くもありません。
テストで言えば50点です。
それほど良い点ではありません。
競技でいえば、100人中50位です。
それほど良い順位ではありません。

ブログに書いてあることを実践するのは“普通”じゃないように思えます。
私自身、
「普通ここまでやらないでしょ」
と思います。
だからこそ、わたしは普通より良い人生がおくれているのだと思います(あくまで当社比です^^;)

普通から抜け出せない人は、普通を“正常”という意味でとらえがちです。
つまり“異常”の対義語で考えていることが多いです。
“異常”にはネガティブな意味があります。
だから普通以上のことをしようとすると、
「そこまでするのは異常者だ。
なにごとも普通が一番だ」
というトラップ意識が働いて、より良いおこないができなくなります。

ここでいう普通とは、良い・悪いの関連語で、
“悪いー普通ー良い”

という意味です。
異常の対義語、
“普通←→異常”
の意味ではありません。
この点をハッキリ区別してください。

しかし、いくら良いことでも無理にやり過ぎると“異常”になります。
バランスゲームも忘れないでくださいね♪

“普通”の基準は人によって異なります。
他人が普通にできることでも自分はできないことがあります。
だから今の自分にできる範囲で、普通以上のことにチャレンジしてみてください(^_^)v

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自分一人のゲーム

2015.01.27.13:00

●この世には自分一人しかいない

“存在”という言葉には2つの意味があります。
“実際の存在”と“想像上の存在”です。

この世で“実際の存在”だと確信できるのは『自分の意識』だけです。
もしかしたら、この世はすべて夢かもしれません。
未来のバーチャルゲームの中で遊んでいるのかもしれません。
宇宙人の人体実験で幻覚を見せられているのかもしれません。
その可能性は低いですがゼロではありません。

しかしすべて夢だとしても、それを見ている“自分の意識”は確実に存在します。
すべて幻覚だとしても、それを認識している“自分の意識”は確実に存在します。
もし自分の意識が無かったら、夢や幻覚じたい認識できないからです。

わたしは子どものころから、
「この世界は全て私の夢じゃないか?
みんな私の意識が生み出した幻で、実際には存在しないんじゃないか?」
と妄想することがありました。
今思えば真を突いた妄想です。

宇宙は自分(創造神)の意識が創り出した幻影です。
立体映像のようなもので、実際には存在しません。

この世に実在するのは自分だけです。
他者はみな自分が想像した、想像上の存在です。

あなたは自分の想像の中で、ひとり遊んでいるのです。



●自分のゲームに集中する

他人を本気で心配したり腹を立てたりすることがあります。
「子どものことが心配だ…」
「親の介護が不安だ…」
「アイツは思いやりがない!」
「アイツは怠けてばかりだ!」

このようなとき、
“他人は実在しない”
ということを忘れています。
この世には“自分ひとりしかいない”ということを忘れています。
いもしないバーチャルキャラのことを、とやかく思う前に、ネガティブな波動を出している自分自身をどうにかすべきです。
なぜならこれは、あなたの為だけのゲームだからです。

あなたが幸せキャラになれば、万事すべて解決します。
子どもの素行、妻の思いやりのなさ、夫の低賃金、親の介護、、同僚の怠慢…etcすべてどうにかなります。

他人を思いやることは大事です。
しかし心配する必要はありません。
他人を分析することは大事です。
しかし、とやかく思う必要はありません。

他人のことよりも、自分のゲームに集中しましょう。



●全ては、あなたの為だけに存在する

「この世には自分ひとりしかいない」
ということを思い出せば、本気で他人にイラつくことはありません。
すべては自業自得(自作自演)だからです。
それでもイラついてしまうときは、そこから一歩進んで、
「なぜ自分(創造神)は他者を想造したのか」
を思い出して下さい。

それは言わずもがな“自分の幸福感のため”です。
私たちは他者との関わりを通して人間力(=幸福感)をアップさせます。
苦楽悲喜こもごも人生ドラマに感動できるのは、他者がいるからこそです。
それらのことを思い出せば、
「人間力を高めてくれてありがとうございます」
「私の欠点に気づかせてくれてありがとうございます(他人は鏡)
「悪いカルマを吸収して下さってありがとうございます」」
と他者に感謝したり、
「あの人を反面教師にして、自分の欠点を直せばいいんだな」
「アイツはムカつくけど見習うべき部分もある。変なプライドを捨てて、良い部分は見習おう」
と効率的に人間力を上げたり、

「ああ!あの人は自分が遊ぶために作ったゲームキャラだった!いや~人生ゲームはおもしろいな~」
とエキサイトすることができます。

人間だけでなく、ありとあらゆるモノは、あなた一人だけの為に存在しています。
この真理を思い出せば、木、空、虫…など、他愛ないモノから、目ざとく幸福のヒントを得られます。
どんなものにも、
「私のために存在してくれてありがとう」
と感謝できるようになります。

人や物質だけでなく“現象・出来事・感覚…”といったものも同様です。
どんな抽象的なものも、あなた一人の為だけに存在します。
このことを思い出せば、見るもの、聞くもの、感じるもの、思い浮かぶもの、すべてから幸福のヒントを得られます。
ありとあらゆる事象に感謝できるようになります。

ちなみにモモエも、あなた一人の為だけに存在する、バーチャルキャラです。
実際には存在しません。

「この世には自分一人しかいない。他のものは実在しない」
と思おうとすると、
「そんなこと思ったら、他人やモノを粗末にする冷淡な人間になるのではないか」
と不安になるかもしれませんが、それはトラップです。
ここまでブログを読めるような段階の人に、その心配はいりません。
勇気をもって次の段階に進んでください!


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演劇ゲーム

2015.04.07.12:50

●演劇ゲームを優先する

この世は演劇ゲームです。
私たちの本性は神ですが、それが山田太郎やモモエなどの役を演じています。

演劇とは、役(キャラクター)を演じることです。
だから演劇ゲームは、キャラクターゲーム(キャラクターの法則)とも言えます。

神の演劇ゲームでは“納得”のいくストーリーが展開されます
(演劇ゲーム=キャラクターの法則=納得の法則)

幸せになりそうなキャラの人には、誰もが納得のいく、幸せなストーリーが展開されます。
不幸になりそうなキャラの人には、誰もが納得のいく、不幸なストーリーが展開されます。
(今は納得のいかない人も、あるていど宇宙の法則を理解すれば納得がいくようになります)

宇宙には無数のゲームがありますが、神が最も遊びたいのは演劇ゲームのようです。
なぜならこの世は、納得の法則(=演劇ゲーム)が基礎になっているからです。

カルマゲーム、波動ゲーム、ナゾときゲームなど、この世には無数のゲームがあります。
しかし、それらは全て演劇ゲームの1要素にすぎません。
演劇ゲームという大枠のなかに、他のミニゲームが含まれるイメージです。
これは納得の法則という大枠のなかに、他の小さな法則が含まれるのと同じ原理です。

私たちはあくまで“演劇ゲームの中で、他のミニゲームをプレイしている”のです。
折にふれ、このイメージを思いだすことが大切です。
さもないとミニゲームを優先して、大元の演劇ゲームを おざなりにしてしまいます。

演劇ゲームを おざなりにすると、不幸キャラになります。
例)
・ナゾときゲームを優先すると…
 →「どっちが正しいんだ…」「いったいどうすればいいんだ…」と苦悩する不幸キャラになる

・カルマゲームを優先すると…
 →自分のカルマを気に病んだり、無理に良いカルマ(徳)を積もうとする不幸キャラになる

・マネーゲームを優先すると…
 →モノに執着したり、損することを気に病んだり、節約しすぎてケチな不幸キャラになる

不幸キャラは、何をどう頑張っても不幸になります。
だから優先すべきは、演劇ゲーム(で幸せキャラになること)なのです。



●幸せキャラを演じる

幸せキャラになるコツは、幸せキャラを“演じる”ことです。
逆に、“演じなければ幸せキャラになれない”とさえ言えます。

素の状態で幸せキャラになれる人はいません。
もし、いたとしたら、その人はすでに神様です。


先に書いたように、ゲームはすべてポイント制です。
だから演劇ゲームもポイント制です。
幸せキャラを上手く演じて、演技点をガンガン稼ぎましょう。



●心の中でも演技する

表面的には幸せキャラでも、心の中が不幸キャラでは不幸になります。
だから心の中でも、幸せキャラを演じることが必要です。
それは、“幸せキャラが言いそうなセリフを、心の中で言うということです。

その際、演技点を稼ぐコツは、“演劇調”になることです。
ボー読みよりも演劇調のほうが、演技点(幸せキャラ点)が高いのは自明の理です。

例)
ボー読み「アリガトウゴザイマス」
演劇調「有り難うございます(≧∇≦)!!」

もちろん、全ての思考を演劇調にするのは無理なので、ボー読みでも全然OKです!



●体の演技

心の中で演技することは大事ですが、体で演技することも大事です。

ためしに、暗い顔でうつむいて「楽しい」と思ってみてください。
次に、満面の笑みで姿勢を正して「楽しい」と思ってみてください。
後者のほうが、より楽しい気分になれたはずです。

私はネガティブになったとき、ニヤリと笑って「おもしろい( ̄ー+ ̄)ニヤリ」と思います。
そうすると、無表情のときよりも、ずっと面白い気分になれます。
逆境を楽しむヒーローのような気分になれます(ドラゴンボールの悟空のような)

人は心と体でできています。
だから演技も“心と体”がそろうと効果倍増です。

いくら心で「私は幸せだ」と思っても、態度が不幸そうだと演技点は低いです。
幸せキャラの役なのに、不幸そうな態度で「私は幸せだ(-"-)」などと言う役者がいたら、とんだ大根役者です。
そこで幸せそうな態度を取れば、演技点がUPするのはもちろんです。

ポジティブな態度を心がけるの良いですが、それに甘んじて周囲への配慮を怠たらないようにしましょう。
ひとりでニヤニヤしたり、ポジティブな独り言を言ったり、気合を入れるような声を発したり、ワイワイ賑やかに騒いだり……
本人は幸せキャラのつもりでも、周囲に迷惑や不信感を与えていることがあるので、ご注意ください。



●逆転劇

不幸を完全に無くすことはできません。
どんなに人間力を高めても、不幸なことは起こります。
なぜでしょうか?

それは、この世がゲームだからです。

ゲームにおいて、障害は欠かせません。
障害があるからこそ、ゲームは面白いのです。

演劇ゲームにおける障害が、いわゆる“不幸”です。

不幸には色々な楽しみ方があります(笑い話にする、ギャグ目線で笑うetc…)
中でも、ここでご紹介したいのが“逆転劇”という楽しみ方です。

演劇ゲームに“逆転劇”は欠かせません。
“不幸から逆転して幸せになる”というのは、演劇の常套手段です。

例)
・敗北から逆転して勝利する
・失敗から一転して成功する
・苦悩を乗り越えて成長する

たいていの演劇には、逆転劇の要素が含まれます。
それは私たちが、本質的に逆転劇を好むからです。

すべての不幸は、逆転劇を盛り上げるための前フリです。
だから、
「また嫌なことがあった(T_T)」
「どうしてもネガティブ思考してしまう(T_T)」
「どうしても同じ失敗を繰り返してしまう(T_T)」
といった悩みはナンセンスです。
それらは逆転劇に欠かせない前フリ(不幸パート)です。
そこからの逆転劇にエキサイトするのが、演劇ゲームです!


苦境に立たされた時は、さまざまな視点で逆転劇を楽しんでください。

観客視点になって、
「ここから逆転劇の始まりだ((*゚∀゚*))」
と、ワクワクしてください。

作家(創造神)視点になって、
「ここから、どうやって盛り返そうか((*゚∀゚*))ワクワク」
「このドン底から、どうやって逆転劇に持って行こうか((*゚∀゚*))ワクワク」
と、想像(創像)してください。

そして、役者視点になって逆転劇を演じてください。
例)
「また同じ失敗を繰り返してしまった…m(__)m」からの
 →「取り戻せない失敗はない! 何度でもやりなおせる( *゚∇)/!!」

「俺はダメ人間だ…m(__)m」からの
 →「焦る必要はない。ちょっとづつ成長していくぞ( *゚∇)/!!」

これらは、ハッキリ内言語(心の声)にすることが大事です。
ぼんやり思っているだけでは、効果が薄いです。


どんな状況からでも逆転劇は起こせます。
状況が悪ければ悪いほど、逆転劇の快感は大きくなります。
これから起こる逆転劇にワクワクしながら、前フリ部分を演じてください!



●役意識と創造神意識

人の意識には“役意識”と“創造神意識”があります。

私たちの本性は創造神ですが、それが“モモエ”や“山田太郎”などの役を演じています。
役意識とは、この“モモエ”“山田太郎”といった意識のことです。

“モモエ”や“山田太郎”は、あくまで演劇ゲームの役であって、本性ではありません。
私たちの本性は創造神です。

しかし役意識が強くなると、
「私(モモエ)はダメ人間だ…」
「オレ(山田太郎)は侮辱された!!」
と、自分を役だと思いこみ、本気で苦悩してしまいます。
または、
「私は美人!ホホホ!!」
「オレは勝ち組!フハハ!!」
などと、本気で優越感にひたってしまいます。
または、
「ギャーー\(@Д@;)/大変だー!!」
「ウッヒョ~~ヽ(゚∀゚)ノ 楽すぃ~~☆♪♪」
と、“我”を忘れて取り乱したり、浮かれすぎたりしてしまいます。

この“我を忘れる”の“我”が、すなわち創造神意識です。

創造神意識が強くなると、
「本当の自分は創造神だ。ダメ人間でも勝ち組でもない」
と、我に返ることができます。
そして、
「これは自分が創った演劇ゲームだ。だから何も心配することはない。」
と、神のように泰然自若としていられるようになります。

もちろん人であるかぎり、100%創造神意識になることはできません。
どんな聖人にも、人としての意識(役意識)はあります。

神は創造することが好きですが、役になることも好きです。
役になってこその演劇ゲームです。
だから役意識と創造神意識は交互に強くなります。
例)
●我を忘れて取り乱す……役意識強
  ↓
○我に返って冷静になる……創造神意識強
  ↓
●我を忘れてネガティブ思考にふける……役意識強
  ↓
○我に返ってポジティブ思考する……創造神意識強
  :
  :
皆さんの意識は、このような感じだと思います。

意識は波動です。
波動がユラユラ揺れるリズムで、2つの意識は交互に強くなります(波動の法則/リズムの法則)

大我・小我といった言葉がありますが、
・大我=創造神意識
・小我=役意識
と解釈すれば分かりやすいです。

チャップリンの言葉に「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」というものがありますが、
・クローズアップ = 役意識
・ロングショット = 創造神意識
と解釈すれば分かりやすいです。



●コントロールできる意識とコントロールできない意識

この世に、すすんで苦悩したがる人はいません。
もし“苦悩するスイッチ”と“苦悩しないスイッチ”があったら、どんな天邪鬼でも後者を押したいのが本音だと思います。
なのに、どうして苦悩してしまうのでしょうか?

その理由の一つは“知識”が足りないためです。
カルマ・波動・納得の法則などの知識が足りないため、やむなく苦悩してしまいます。

もう一つは“練習”が足りないためです。
たとえば、水泳の知識があるだけでは、上手く泳げません。
実際にその知識を使った演習を積むことで、徐々に上手くなっていきます。
それと同じで、“苦悩しない方法”の知識があるだけでは足りません。
実際のその知識を使った練習を積むことで、徐々に苦悩しなくなっていきます。

さらに、もう一つの理由は“自己コントロールできないから”です。

私たちが苦悩するとき、
・自己コントロールできず、反射的に怒ってしまう
・自己コントロールできず、どうしても悪いことをしてしまう
・自分の意志とは関係なく、無意識にネガティブ思考してしまう
…といった感じだと思います。

なぜ、このようなことになるのでしょうか?

それは意識に“コントロールできる部分”と“コントロールできない部分”があるからです。

コントロールできる部分は“創造神意識”
コントロールできない部分は“役意識”です。

たとえば藤子不二雄先生は、のび太というキャラ(役)の創造神です。
創造神である藤子先生は、のび太(役)をコントロールすることができます。
しかし のび太(役)は自分をコントロールすることができません。
のび太(役)をコントロールできるのは、藤子先生(創造神)です。

自分自身もこれと同じで、創造神意識が強まれば、自分をコントロールしやすくなります。
役意識が強まれば、自分をコントロールしにくくなります。

表現を変えれば、
・自己コントロールしやすい……創造神意識が強い
・自己コントロールしづらい……創造神意識が弱い
とも言えます。

創造神意識が完全に無くなると、“無意識”になります。
だから無意識になると、全く自分をコントロールできなくなります。
“無意識=役意識”とも言えます。

実際は、「今は創造神意識がある」「今は創造神意識が無い」と二分化することはできません。
「今は創造神意識10%くらい」「今は創造神意識50%くらい」という感じで、強弱の問題です。

意識は波動で出来ています。
だから創造神意識も、波が揺れるリズムで強弱を繰り返します。

・創造神意識弱…自己コントロールしづらくなる
        ↓
・創造神意識強…自己コントロールしやすくなる
        ↓
・創造神意識弱…自己コントロールしづらくなる
        ↓
・創造神意識強…自己コントロールしやすくなる
        :
        :
皆さんの意識は、このようになっていると思います。


創造神は、すべてを完璧にコントロールできます。
しかし人間は、創造神そのものではありません。
自分に制限をかけた創造神です。
“制限”とは、“コントロールできない部分”のことです。

すべてを完璧にコントロールできる創造神が、何故わざわざ制限(コントロールできない部分)を創ったのでしょうか?

それは、神がゲームそのものだからです。
神=ゲーム”だからです。

ゲームとは「制限(ルール)のあるアソビ」です。
制限なきゲームはゲームではありません。
カオスです。

制限があるからこそ ゲームはおもしろいのです。
なんでもアリになったとたんゲームはつまらなくなります。

すべてをコントロールできる神が、あえてコントロールできない部分を創って遊んでいる、…というのが宇宙の実体です。
私たちが自分をコントロールできず、悪いことをしたり苦悩したりしてしまうのは、宇宙のルールなのです。

だから、
「自分を完璧にコントロールできるようになりたい!!
 苦悩したくない! 悪いことはしたくない!」
というのは無理な相談です。

苦悩や悪事は、ゲームの制限部分(ルール)に当たります。
だから完璧に無くすことはできません(減らすことはできます)

「どうせ無くせないのなら、とことんゲーム感覚で攻略してやる!!」
という、意識の切りかえが大切です。
完全にゲームモードに切りかえて、徹底的にプレイしてやりましょう!


いくら自己コントロールできないからといって、
「人に嫌な思いをさせたけど、あれは自己コントロールできない部分でやったことだ。
 だから私は悪くない。反省も謝罪も必要ない(-"-)」
いうのは不幸キャラだと思います。
たしかに あなたは悪くはありませんが、これはそもそも演劇ゲームです。
不幸キャラになれば不幸になります。


動物は、自己コントロール力が弱いです。
ほとんど自我(創造神意識)がありません。
ほぼ役意識(本能)で動いています。

役意識とは、いわば神の創ったプログラムです。
猫なら猫というプログラム(役)どおりに動いています。
それは、ロボットに近いものがあります。
動物は“神の使い”といわれますが、言いかえれば“神の操り人形(ロボット)”です。

もちろんヒトも、神の操り人形です。
ただ、ヒトは動物より創造神意識が強いです。
神に操られるだけでなく、神として自分を操ることにも長けています。
しかし、ヒトでも創造神意識が弱まれば、動物に近い状態になってしまいます。



●演劇意識=創造神意識=自己コントロール力

自分を上手くコントロールできない時があります。
例)
・ギブギブしたくてもギブギブできない
・優しくしたいのにキツく当たってしまう
・泰然自若としていたいのにアタフタしてしまう

これは自己コントロール力が弱いからです。
もし自分を100%コントロールできたら、上のようなことはありません。

では、どうすれば自己コントロール力が強まるのでしょうか?
それは“演劇意識”を強めることです。
演劇意識とは、「これは演劇だ」という意識のことです。

例えば、モモエが舞台でシンデレラを演じているとき、“演劇意識”になっています。
その際、モモエの意識は、
①コントロールする意識……モモエ
②コントロールされる意識…シンデレラ
という二重構造になっています。

このとき、モモエが“現実意識”になって、
「これは現実だ! 演劇なんかじゃない! 私は正真正銘のシンデレラだ!」
と思い込むと、“モモエ”という意識が無くなります。
つまり、①コントロールする意識(モモエ) が無くなり、
②コントロールされる意識(シンデレラ) のみになります。

そこでまた“演劇意識”になって、
「ハッ! これは演劇だ! 本当の自分はモモエだ! シンデレラは役にすぎない!」
と我に返ると、“モモエ”という意識が発生します。
つまり、“①コントロールする意識(モモエ)”が発生します。

端的に書くと、「演劇意識になると“コントロールする意識”が発生する」ということです。

これを人生ドラマに当てはめると、
①コントロールする意識=創造神
②コントロールされる意識=モモエ
ということになります。

つまり「演劇意識になると“コントロールする意識(創造神意識)”が発生する」ということです。

まとめると、「演劇意識=自己コントロール力=創造神意識」ということです。

実際には、「今は演劇意識」「今は演劇意識じゃない」と二分化することはできません。
「今は演劇意識が弱い」「今は演劇意識が強い」という、強弱の問題です。

つまり、「演劇意識を強めると、自己コントロール力も強まる」ということです。

あなたがプロの役者として、即興劇を演じているところを想像してください。
そのとき、あなたの自己コントロール力は、ほぼ100%になっています。
神様の役だとすれば、相手がどんなに嫌いな人でも、神様のように優しくできると思います。
変なプライドで、ギブギブできないということはありません。
本当は優しくしたいのに、キツく当たってしまうということもありません。
ほぼ100%自分をコントロールして、神様のように振る舞うことができるはずです。

劇中で、イジメられようが破産しようが病気になろうが、あたふたすることはありません。
つねに神のごとく泰然自若としていられます。
なぜなら、あなたはそのとき「これは演劇だ」と100%確信しているからです。
つまり100%演劇意識になっているからです。
だから100%自己コントロールできるのです。


演劇ゲームは、大きく言えば“バーチャルゲーム”です。
だから「バーチャルゲーム意識を強めると、自己コントロール力も強まる」とも言えます。
“これはバーチャルゲームだ”と100%確信していれば、我(自己コントロール力)を失って取り乱すことはありませんよね。

※ネットゲームの中で本気でケンカしたり、取り乱している人は、“ネットゲームの外は現実だ”と思っています。



●うっすら演劇意識

「なかなか演劇意識になれない(T_T)」
と悩む人は、“0か100か”の発想になっています。
24時間、つねに演劇意識になるのは不可能です。
それは創造神そのものです。
気づいたときだけ、演劇意識になればOKです。
というか、気づいた時にしかなれません。

「演劇意識は疲れる…(-_-;)」
という人も、0か100かで考えています。
つねに100%フルパワーで意識する必要はありません。
0.1%くらい、うっすら意識するだけでもOKです。
できる範囲で意識すれば大丈夫です。
まったく意識しないのと、0.1%でも意識するのとでは、雲泥の差があります。
とことんハードルを落として、わずかでも意識することが大切です。

かくいう私も、気づいた時だけ、ほんのわずかに意識する程度です。
特に必要を感じたときだけ、意識を強めています。
私が特に演劇意識の必要を感じる時は、
・人とコミュニケーションをとるとき
・ネガティブな気分を払拭したいとき
などです。



●自然な演技

以前の私は挙動不審でした。
動作が不自然でオドオドしていました。
どう振る舞えばいいか分からなかったからです。

しかし今は“演劇を意識すればいい”と分かっているので、動作に魔酔いがありません。
TVドラマのように、スムーズに振る舞えるようになっています。

人と一緒にいるとき、どうしていいか分からずドギマギすることがあると思います。
そんなとき、その場を“演劇”として見ると、自分の取るべき言動が見えてきます。
今 何をすべきか、何を言うべきかが、直感的に浮かんでくるようになります。

逆に“すべきでないこと”も見えてきます。
「このセリフは場違いだ」
「今はタイミングが悪い」
「これをやるとイタいキャラだ」
というのが、客観的に見えるようになります。

何も言うことが浮かばないときは、“何も言わない”のが正解です。
演劇にも沈黙する場面はあります。

“何も言わない”ということは、“何もしない”ということではではありません。
沈黙中は“沈黙を演じる”ということです。


今、私たちは人生ドラマを演じている真っ最中です。
だから演技しないと、かえって不自然になります。
TVドラマの中で演技してない人がいたら、「あの人なんで演技してないの?」と、不自然に思うはずです。

演劇の中では“演技するのが自然”“演技しないのが不自然”なのです。

演劇意識が薄いと、その場面にふさわしくない、場違い(不自然)なことをしてしまいます。
いわゆる“空気の読めないヤツ”になってしまいます。
演劇意識を強めると、その場面にふさわしい、自然な行動が取りやすくなります。

私が自然に振る舞えているのは、自然にしているからではありません。
“自然な演技”をしているからです。
キムタクはドラマの中で“自然体の演技”をしているのであって、100%自然体なわけではありません。


人間失格(by太宰治)の主人公は、人前で道化を演じていたところ、「ワザとだ」と指摘されてしまいます。
彼はそれにショックを受け、深刻になってしまいます。
しかし、この世は演劇ゲームです。
演劇においては、すべてが“ワザと”です。
私が主人公の立場なら、「こいつ何アタリマエのこと言ってんだwww」と、気にせず演技続行です。
そして、「ちょっと演技が下手だったか~。もっと自然な演技を研究しよう!」と、演技力に磨きをかけます。
もちろん、私が演じるのは道化キャラではなく、幸せキャラです!


演技することは大事ですが、演技しすぎると不自然になります(そういう人いますよね^_^;)
何ごとも過ぎたるは及ばざるが如し。バランスが大事です。

また、演技しすぎると疲れます。
疲れることは続きません。

しかし、適度に自然体の部分がありば疲れません。
コンスタントに演技し続けられます。

これは“演技”と“自然”のバランスゲームです。



●自然な演出

自然に振る舞うコツは、意識してそのように演出することです。

たとえば、人と一緒にいるとき、気まずげにオドオドするのは不自然です。
しかし“さり気なく相手に話しかける”“さり気なくスマホをいじる”などの演出をすれば、自然に見えます。
(もちろん、不自然に見えないよう、上手く演技することが大切です)

これらは、いわば“場つなぎ”“場を保たせる”といった行為です。
演劇において、このような演出は欠かせません。

「用もないのに、場つなぎで話しかけるなんて不自然だ」
「場を保たせるために、わざとスマホをいじるなんて不自然だ」
といったトンチンカンなトラップ意識にはご注意ください。

映画初主演のホイットニー・ヒューストンに対し、ケビン・コスナーが、
「セリフを言う時は、ブラシやコップを持てば緊張しない」
といったアドバイスをしています。
これは手ぶらよりも、ブラシやコップを持った方が、様になりやすいからです。
つまり“ブラシやコップを持つ”という演出をしたほうが、場が保ちやすいからです。
だから、深い意味もなくブラシやコップを持つのです。
わざとスマホをいじるのは、これと同じことです。

演劇で“何もしない”のは、場が保ちにくいです。観客が退屈します。
しかし、話しかけるなりスマホをイジるなり、何かしらの演出をすれば、場が保ちやすいです。

ときには、“何もしない”という演出もあります。
24時間、ずっと何かし続けるのも不自然です。
動と静のバランスです。



●ポジティブな演出

演出にはポジティブなものとネガティブなものがあります。

たとえば、
汚い・暗い・寒い・暑いetc……といった演出(状況・服装)だとネガティブな気分になりやすく、
キレイ・明るい・温かい・涼しいetc……といった演出(状況・服装)だとポジティブな気分になりやすいです。

ポジティブになろうとしても なれないとき、特に深い理由はなく、単に演出のせいだったりします。
涼しい(暖かい)場所に移ったり、心地よい服装に替えたり、キチンと食事を摂ったとたん、ポジティブになれたりします。

どうしてもネガティブな演出にならざるを得ないなら問題ありません。
問題のない人生ストーリーが展開されます。
しかし単なる怠慢で演出を怠っているのなら、改善の余地ありです。

「何ものにも左右されない、強い精神力を持たねば!」
という思想から、ネガティブな演出を放置するのはナンセンスです。
強い精神力を持つことは大事ですが、それと同時にポジティブな演出をすることも大切です。

ネガティブな演出は地獄的です。
神様は、この世が天国になることを望んでいます。
ポジティブな演出をすることは、この世を天国にすることなのです。



●人生ドラマ調

「演劇意識が大事なのは分かったけど、日常で演技なんてしたら、変に思われるんじゃ…」
という人は、おそらくTVドラマや舞台劇のような演技をイメージしています。
もちろん、日常でそんな演技をしたら変に思われます。

TVドラマ・舞台劇・アニメ・人生ドラマetc……
演劇には色々な種類があります。
そして、それぞれ演じ方が異なります。
TVドラマにはTVドラマ、舞台劇には舞台劇、アニメにはアニメ、それぞれ独自の演じ方があります。

TVドラマで舞台劇のような演じ方は不自然です。
舞台劇でアニメのような演じ方も不自然です。
同じように、人生ドラマで舞台劇のような演じ方も不自然です。

歌舞伎的な演技を“歌舞伎調”というように、人生ドラマ的な演技を“人生ドラマ調”と呼ぶことにします。

いくら笑顔が大事でも、ただ笑えばいいというものではありません。
人生ドラマでは、人生ドラマ調で笑うのが自然です。
舞台劇調で笑うのは不自然です。

「人生ドラマ調が分からない」ということはありません。
なぜなら演技(芸術)をカンペキに解せる人などいないからです。

芸術には正解も不正解もありません。
今の自分に分かることを精一杯やれば、それが現時点での正解です。

人生ドラマ調を、あえて説明すると、
“演技と自然の中間”といった感じです。
完全に演技するのではなく、かといって完全に自然体でもない…という、独特の芸術性です。


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自律神経のバランスを整える

2015.04.07.12:59

神経には、意識で直接動かせる神経と、動かせない神経があります。
直接動かせる神経は、腕や足などの神経です。
これらは「動かそう」と思えば動かせますよね。
一方、直接動かせない神経を自律神経といいます。
これは血管・汗腺や、心臓・腸など内臓の神経です。
「汗を止めよう」
「心臓を止めよう」
と思っても止められませんよね。

自律神経は無意識に働きます。
寝ている間も呼吸できたり、心臓が動いたりするのは自律神経のおかげです。

自律神経はさらに、交感神経と副交感神経に分かれます。
緊張するときは交感神経、リラックスするときは副交感神経が働きます。
緊張すると交感神経の働きにより、体がこわばったり血管がギュッと収縮したり、呼吸が浅く短くなったりします。
これは身体を臨戦態勢にするために必要な作用です。
日頃から緊張感を持つことは大事ですが“緊張しすぎ”はNGです。
緊張しすぎると、交感神経が過剰に働きます。
その結果、体がこわばりすぎて神経痛になったり、血管が収縮しすぎて血のめぐりが悪くなったり、色々と不具合が起きてきます。
また緊張しすぎると心が苦しくなります。
つまりネガティブな気分になります。
逆にいえばネガティブな気分のときは緊張しすぎています。
「ヤバい(>_<)」
「困ったことになるかも(>_<)」
と、必要以上に危機感を持っています。
「ネガティブな気分のときは、ダラダラしがちだから、別に緊張してないのでは?」
と思われるかもしれませんが“ネガティブな気分でリラックス”はできません。
体はダラダラ休んでいても、心は休まっておらず、不安や怒りなどで緊張しすぎています。
人は心と体でできています。
どちらもリラックスしないと、真のリラックスとはいえません。

緊張しすぎず、ダラけすぎず。交感神経と副交感神経のバランスが大切です。
「神経のバランス」と「創造神意識」は連動しています。
神経のバランスが良いほど、創造神意識は高くなります。
バランスが悪いときーー緊張しすぎているときは、
「ヤバいことが起きた(>_<)」
「困ったことになるかも(>_<)」
と、あまり神(創造神)を信用していません。
神を信じていたら安心(リラックス)するはずです。

逆に副交感神経に偏りすぎると、リラックスしすぎてダラダラします。
ダラダラしすぎると、憂鬱や自己嫌悪によってネガティブな気分になります。
そうするとリラックスできずに、交感神経が強くなります。

このように人は何かと交感神経に偏りがちです。
病人の多くは交感神経過剰というデータもあります。
だからここでは交感神経を鎮めることで、バランスを取る方法を書かせていただきます。

交感神経(自律神経)は、意識で直接コントロールすることができません。
しかし間接的にならできます。たとえば、
・ポジティブ思考で心を安心させる。
・立ったり座ったりなど、日常の動作をスローにする
・適度に休憩を取りつつ、イキイキと活動する。
…これらは間接的に交感神経を鎮めているといえます。
その中でも特にお勧めしたいのが“深呼吸法”です。
自律神経は直接コントロールできませんが、呼吸器を使えば ほぼ直接的にコントロールすることができます。
それは肺の下にある横隔膜に自律神経が密集しているからです。

誰しも緊張すると呼吸が浅く短くなります。
ネガティブな気分のときも、そうなっているはずです。
いわば“息が詰まった”状態です。
そのとき呼吸を深くスローにしてみてください。
深呼吸の要領です。
それだけで、いくらか緊張がやわらぎ、安心(リラックス)できると思います。
息を“吸う”のは交感神経、“吐く”のは副交感神経の担当です。
だから特に“吐く”方を意識すると効果的です。
吐くというよりも“吹く”方が、ゆっくり吐けると思います。
口笛のように口をすぼめて吹く感じです。

鼻には大気の汚れを遮断するフィルター機能があります。
だから息を吸うときはできるだけ鼻から吸うようにしましょう。
口呼吸がよくないと言われるのは、大気の汚れをダイレクトに吸ってしまうからです。
鼻から深く息を吸い、口からゆっくり息を吐く、という感じです。

呼吸を深くするためには、胸式呼吸よりも腹式呼吸が効果的です。
胸式呼吸とは、胸が膨らむタイプの呼吸です。
いつも無意識にやっている呼吸は胸式呼吸です。
一方、腹式呼吸とは、腹を膨らませるタイプの呼吸です。
といっても、腹に空気を入れるわけではありません。
あくまで空気は肺で出し入れします(あたりまえですが)
腹をふくらませると、肺の下の横隔膜が下がります(実際にイメージしてみて下さい)
すると、肺がより大きくふくらむので、より深く呼吸することができます。
難しく考えなくても、腹筋を使って、膨らませたり引っ込めたりすればOKです。

呼吸器は、ほぼ意識的に自律神経をコントロールできる唯一の器官です。
不安、怒りなどネガティブな気分が沸いたとき、私は即座に深呼吸法を行います。
そうすると自然に心がリラックスして、我(創造神意識)を取り戻すことができます。

私も含め普通の人は、慢性的な酸素不足の状態にあります。
リラックスが足りないのに加え、姿勢が悪いからです。
姿勢が悪いと、必要十分な酸素を取り込むことができません。
その結果、心身ともに様々な不具合が生じてきます。
なぜなら“酸素不足は万病の元”だからです。
気づいたときやスキマ時間は、きるだけ深呼吸するのがオススメです。
特にネガティブじゃなくても普段から深呼吸していると、目に見えて体調が良くなってくると思います。

参考図書:なぜ、「これ」は健康にいいのか?

他にも自律神経を操作しやすいスイッチに“笑顔”があります。
笑顔になると自動的に自律神経が整いやすいです。
その証拠に、笑顔になるだけで、ネガティブな気分が緩和すると思います。
実際に笑うようなことがなくても、笑顔の形を作るだけでOKです。
表情筋のツボが刺激されて、自動的に自律神経が整います。

交感神経と副交感神経は、どちか一方しか働かないということはありません。
つねに同時に働いています。
意識して両者のバランスを取ることが大事ですね。


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あなたは本気じゃない

2015.05.08.13:02

●麻薬だと自覚する

不快と快感は紙一重です。
“苦しみ”は、ゲーム的に見れば“面白み”です

私たちが苦悩しているとき、自から進んで苦悩している部分があります。
それは、苦悩に ある種の快感があるからです。

たとえば、ウツな気分に浸っているときは、太宰治的な快感を得ています。

「どうせ俺はバカだから(ToT)」
「どうせ私は嫌われ者だ(-_-;)」
「私のことなんかどうでもいいんだ(>_<)」
「俺が死んでも誰も悲しまない(-_-;)」
などと自虐的な気分になっているときは、自虐的な快感を得ています。

「私はみじめだ」
「俺は不幸な星の元に産まれてきたんだ」
などと自己憐憫に浸っているときは、悲劇の主人公的な快感を得ています。

その他、
「アイツは俺にあんなことを言った」
「私はあんなヒドいことをされた」
と、過去の侮辱をわざわざ思い出しているときも、ネガティブな快感を得ています。

「私がこう言ったら、アイツはこう言い返すだろう… 私がこうしたら、アイツはこうするだろう…(-_-;)ムカムカ」
「あの人は、こんな風に私の悪口を言っているだろう…(`へ')ムカムカ」
などと、被害妄想しているときも、ネガティブな快感を得ています。

ネガティブな気分(モード)は、いわば麻薬です。
ネガティブモードに溺れるのは、麻薬に溺れるのと同じです。

私は以前まで、このことをハッキリ自覚していませんでした。
よもや苦悩している自分が、快感を得ているとは思っていませんでした。
だから、知らず知らずネガティブモードの快感にハマってしまっていました。

しかし今は、“これは麻薬だ”と、ハッキリ自覚するようにしています。
だから、知らず知らずハマることはなくなりました。


しかし、知りながらハマってしまうことはあります。
そのときは、
「私は本気で苦悩してない。本当は面白がっているんだ」
「その気になればネガティブモードから抜け出せるけど、あえてハマってるんだ」
ということを思い出すようにしています。



●本気になれば止められる

本気になれば苦悩(ネガティブ思考)は止められます。
“5秒以上ネガティブ思考したら、頭にトンカチが落ちてくる”
となれば、何とかして止められるはずです。
笑顔でポジティブな言葉を唱えまくるなり、論理的に思考しまくるなりすれば何とかできるはずです。
しかし実際にトンカチが落ちてこない限り、何とかする気になりません。
それは苦悩することの快感に惹かれているからです。
それが全てではありませんが、そういう部分もあると思います。

世の中には、本気になればどうにか出来ることと、出来ないことがあります。

月までジャンプする、太陽を飲み込む…などは、本気になっても出来ないことです。

しかし“苦悩(ネガティブ思考)を五秒以内に止める”のは、本気になれば出来ることです。
頭にトンカチが落ちそうになったら止められます。

しかし本気になってネガティブ思考を止めようとすると、
「何だか物足りない。もっとネガティブな気分に浸っていたい」
「ポジティブ思考するより、ネガティブな気分に浸るほうが楽だ」
と、感じる部分があるはずです。
だから本気で止める気になりません。


特にブログ読者様の場合、論理的に思考すれば、悩みはあっさり解決してしまいます。
しかし、それでは物足りません。
だから あえて問題を複雑に考えて、悩み続けようとします。
すでに解決していることを蒸し返して、苦悩し続けようとします。
それは、そうすることが ある種の快感だからです。

私たちは潜在意識(創造神意識)で、苦悩することを面白がっています。
創造神は、自分の創ったゲームで、悩んだり苦しんだり、エキサイトしたいのです。
なぜなら、悩みや苦しみこそがゲームの面白みだからです。



●本気じゃないことを思い出す

私たちは本気で苦悩していません。
あくまでゲーム感覚で、苦悩することを面白がっています。

苦悩しているのは役意識です。
本心(創造神意識)では、面白がっています。
このことを、折に触れて思い出すことが大事です。

「私は本気で苦しんでいるわけじゃない。本当は面白がっているんだな(^^;」
と自覚すれば、気楽に生きられます。


前に「人生楽しかありゃしない」と書かせていただきました。
たしかに人間力を上げるほど、人生は楽になります。
しかし100%楽にはなりません。
どうしても苦の部分は残ります(ユダヤの法則)

ではどうして“楽しかありゃしない”なのかというと、
「本気で苦悩していない」
「本心(創造神意識)は面白がっている」
ということです。
この事実を自覚するということです。

「人生から苦悩を無くしたい…(でも無くせない…)」
というジレンマに陥ったら、
“本気で苦悩していない”
という第三の発想に飛びましょう(弁証法)     



●“本気になればできる”ことを思い出す。

月までジャンプするなど、本気になっても出来ないことはあります
しかし私たちは、本気になれば出来ることを、できないと錯覚していることが多いです。
たとえば、友達ができない、結婚ができない、就職できない、などの苦悩がそれです。
「一年以内に上記のことができなければ、火だるまの刑」
となれば、大概は何とかできると思います。
ようは本気になっていないだけなのです。

そもそも苦悩(ネガティブ思考)そのものが、“本気になれば何とかできる”ことです。
「一分以内に苦悩を止めないと火だるまの刑」
となれば、何とかできるはずです。

実際に何とかしなくても、“本気になれば何とかできる”ことを思い出すだけで、心が楽になります。

その気になれば足を伸ばせる状況で正座するのと、絶対に伸ばせない状況で正座するのとでは、精神的負担がまるで違います。
“自分はいつでも足を伸ばせるのだ”と、
自覚することが大切です。


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演劇ゲーム②

2017.01.10.16:08

●演劇調

以前の記事で、、
“ポジティブ思考するときは、必ずしも 心をこめなくていい”
という旨を書かせていただきました。

なぜなら、
「感謝するときは、必ず心を込めなきゃダメだ!」
「人の幸せを願うときは、絶対に心から願わなきゃダメだ!」
となると、多くの人がポジティブ思考できなくなるからです。

しかし、心をこめず、呪文のように
「アリガトウゴザイマス」
「ココロカラシアワセヲネガッテイマス」
と、思うだけならカンタンです。

だから“心をこめなくてもいい”と書かせて頂きました。

とはいえ、心をこめた方が良いのは もちろんです。

心をこめず「アリガトウゴザイマス」と、思うより、
心をこめて「ありがとうございます\(≧∇≦)/!!」と思うほうが、幸せキャラ度は高いです。


「私は未熟だから、心をこめるなんて無理」
…というのは、0か100かの発想です。
常に100%心をこめるのは不可能です。

例えば、「ありがとうございます」にも、様々な度合いがあります。

99%「ありがとうございます\(≧∇≦)/」
50%「ありがとうございます(・∀・)」
1%「アリガトウゴザイマス(-_-)」

…常に100%心から「ありがとうございます☆\(≧∇≦)/☆」と思うのは不可能です。
場合によっては、数%でも本心があればOKなのです。

“視点”次第で、どんな言葉にも本心を見いだせます。
例えば、怒っているとき、100%本心から「ありがとうございます」と思うのは難しいです。
しかし、以下のような視点になれば、0.1%くらいは本心から「ありがとうございます」と思えます。

「神様、私の悪いカルマを取ってくださって、ありがとうございます」
「神様、私をの未熟なところに気づかせてくださって、ありがとうございます」
「神様、私に慈悲の心をお与えくださって、ありがとうございます」


ポジティブ思考するときは、できるだけ本心からポジティブ思考したいところです。、
できるだけ心をこめてポジティブ思考したいところです。、

心をこめるには、コツがあります。

それは、“演劇調”になることです。

演劇調とは、演劇的な調子のことです。
演劇の言動は、普段とは違った独特の調子ですよね。
あれが演劇調です。

心から楽しいときは、心をこめて「楽しい」と言うことができます。
そうすると、いかにも楽しそうな態度(口調)になります。
「楽しい♪」という感じです。

演劇では、それが典型的にデフォルメされます。
「楽しいっ(⌒▽⌒)♪」という感じです。
↑これが演劇調です。

この仕組みを、逆に利用すると、心をこめやすくなります。
つまり、演劇調になると、心をこめやすくなります。
例えば、以下の2つを比べてみてください。

・ボー読みの「タノシイ」、
・演劇調の「楽しいっ(⌒▽⌒)♪」

演劇調のほうが、心をこめやすいはずです。
演劇調のほうが、本心から「楽しい」と思いやすいはずです。

態度と心はつながっています。
暗い態度より、楽しそうな態度の方が、楽しい気分になります。
オドオドした態度より、堂々とした態度の方が、堂々とした気分になります。

演劇調は“態度”です。
いかにも、“それらしい態度”が演劇調です。
だから演劇調になると、本心も“それらしく”なりやすいのです。
演劇調でポジティブになると、心からポジティブになりやすいです。
(それを上回るネガティブ思考をしたらダメですが^_^;)


演劇調というと、舞台劇のような調子を連想しますよね。
しかし、私たちが演じているのは人生ドラマです。
人生ドラマで舞台劇調になるのは、違和感があります。
だから心をこめにくいです。

人生ドラマでは、“人生ドラマ調※”になりましょう。



●ロボット調

“ボー読み”は、心がこもっていないロボットのような口調です。
だから ボー読みを、“ロボット調”とします。

ロボット調は 演劇調に比べて、心をこめにくいです。

ロボット調の「アリガトウゴザイマス(=o=)」より、
人生ドラマ調の「ありがとうございます\(^o^)/!!」のほうが、心をこめやすいはずです。

しかし 私は、毎日ロボット調を使っています。
ロボット調には、大きなメリットがあるからです。

まず、ロボット調は、ほぼ無気力で使えます(ロボットは無気力ですよね)
だから、疲れていても、落ち込んでいても、
「シアワセダナー」
「タノシイナー」
と、カンタンにポジティブ思考できます。

また、ロボット調は、ほぼ無心で使えます(ロボットは無心ですよね)
だから、怒り・恐怖などのネガティブな感情があっても、それを無視して、
「アリガトウゴザイマス、アリガトウゴザイマス…」
と、カンタンにポジティブ思考できます。
ただ呪文のように、「アリガトウゴザイマス、アリガトウゴザイマス…」と思えばいいだけです。

とはいえ、演劇調も、無気力・無心で使うことができます。
疲れていても、怒っていても、演劇調になることはできます。
しかし、ロボット調のほうが、よりカンタンです。

演劇調とロボット調、どちらも積極的に使ってください♪



●内言語も演劇調

外言語(口に出す言葉)で会話するとき、ロボット調になることはありません。
誰もが、あるていど人生ドラマ調で話しています。

それに比べ、内言語(意識のなかの言葉)は、ロボット調になりがちです。

内言語も、できるだけ人生ドラマ調にしましょう。
そうすれば、幸せキャラ度がアップします(^^)



●1%演劇調

「内言語を演劇調にするなんて、疲れるから無理」
というのは、0か100かの発想です※

すべての内言語を演劇調にするのは、もちろん無理です。
1%でも2%でも、無理なく出来る範囲でOKです。

また、つねに100%フルパワーで、演劇調になる必要もありません(ミュージカルのように)
ボー読みに近い調子でももOKです。



●本当の自分とは?

「自然体がよい」
「素の自分がよい」
「ありのままの自分がよい」
などと、よく言われます。
しかし、これらの考えはトラップに繋がりやすいです。

たとえば、「ありのままの自分がよい」という考えは、「演技するのはよくない」という考えにつながります。
これでは、演劇ゲームができません。

また、「自然体がよい」という考えは、「あれこれ意識して考えるのはよくない」という考えにつながります。
「あれこれ意識して考えるのはよくない」という考えは、「無意識がよい」という考えにつながります。
要約すると、「自然体がよい」→「無意識がよい」という考えになります。
だから“自然体になろう”とすると、無意識的になろうとするはずです。

しかし 無意識では、自分をコントロールできません。
泥酔したり寝ぼけているときは、自分をコントロールできませんよね。

だから、“自然体が善い”という思想の人は、
「自然体になるべき」→「上手くいかない」→「自然体になるべき」→「上手くいかない」……
という堂々めぐりをしていることと思います。

いわゆる“自然体”は、100%無意識ではありません。
しかし“自然体になろう”とすると、いくらか無意識に近づきます。

宇宙は、真空を嫌います※
真空があると、手近な物質で満たそうとします。
真空パックを開けると、とたんに空気が流れ込みますよね。

同じように、意識を真空(無)にすると、雑念が流れ込みます。

無意識のうちに流れ込むのは、ほとんど低レベルの雑念です。
水は低きに流れるからです。


演劇で、ポジティブなキャラを演じている役者が、こんなこと言ったらどうでしょう?

「自然体が良い。演技するのはよくない。
 自然体の私はネガティブだ。
 だから 私は舞台の上でも、ネガティブなキャラでいく」

…トチ狂ってますよね^_^;
「自然体がよい」「ありのままの自分がよい」という人は、この狂った役者と同じです。

人生は 演劇ゲームです。
幸せキャラを演じなければ、幸せなストーリーになりません。
なのに、自然体のままで どうするのでしょうか?

自然体が、そのまま幸せキャラの人は、わざわざ演じる必要はありません。
しかし、そのような人はいないはずです。
いたら神様です。


私たちは、山田太郎やモモエといった“仮の自分”を演じています。
“本当の自分”は、創造神意識です。

しかし“自然体が善い”という人は、「自然体が本当の自分」だと思っています。
例えば、
「自然体がいい。演技するのはやめて“本当の自分”になろう」
という感じです。

しかし 自然体は、本当の自分ではありません。
本当の自分は、創造神意識です。

創造神意識とは、自然体も演技体も、すべて総合した意識です。
端的にいえば 「本当の自分=自然体+演技体」です。
だから、100%自然体になろうとしたり、カンペキに演技しようとするのはナンセンスです。

“意識(演技)しすぎず、自然体になりずぎず”のバランスが大切です。
意識(演技)しすぎたときは、「もっと自然体になろう」といった考えでバランスをとりましょう。


自然体と演技体のバランスは、シチュエーションによって異なります。

私のばあい、家では自然体が強いです。
他人と接するときは、演技体が強いです。

自然と演技のバランスは、臨機応変に調整しましょう。



●本当の自分探しゲーム

「本当の自分が分からない」
という悩みはありえません。
なぜなら、それは当然のことだからです。

本当の自分は“神”です。
そもそも人間が、神を100%理解するのは不可能です。

この世は、ナゾ解きゲーム※です。
哲学、科学、数学、心理学………etc、
すべては、ナゾ(真理)に迫る行為です。

ナゾ(真理)とは何でしょうか?
それは、もちろん“神”です。
この世の最大のナゾ(真理)は、神だと言えます。

ナゾ解きゲームは、宝探しゲームとも言えます。
それは、“神”という宝を探すゲームです。
だから日々、自己発見の連続です。
“自分にとって、真の幸せとは何か”
“自分にとって、本当に必要なものは何か”
…などなど、毎日 発見し続けています。
そうして少しずつ、本当の自分(神)に近づいています。


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モモエ

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