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ワンネス

2013.02.16.21:21

人間が抱える大きな苦しみに、

「自分は独りだ」という“孤独”
「あの人がうらやましい」という“嫉妬”
「自分は人より劣っている」という“劣等感”

といったものがあると思います。
これらの苦しみに共通しているのは、“自分と他人は違う存在だ”という考え方です。
もし自分と他人がまったく同じ能力を持ち、幸せも不幸もまったく同じ量を味わうのだとしたら、上のような苦しみはないはずです。

しかし断言できますが、私たちはみな同じ能力を持っていますし、幸せや不幸の量も同じです。
私が人生に苦しまなくなったのは、この事実を確信しているからです。
このことを確信するためには、“ワンネス”という概念を理解する必要があります。



●「自分」と「他」の境界はあいまい

Aさん。Bさん、Cさんと、私たちは一人ひとり独立した存在のように思えます。
花や木も、一本一本ちがう存在のように思えます。
はたして本当にそうでしょうか?

私たちの体は、他から食物を取り込むことによって成り立っています。
木は土から養分を取り入れることによって成り立っています。
どんな生命も、それ一個で成り立っているわけではありません。
つねに他から何かを取り入れ、それを排出するというサイクルによってできあがっているのです。

他から入った物質は、私たちの体内に組み込まれます。
そして私たちの細胞はどんどん作り直されています。
約一年もたてば、ほとんどの細胞が作り直されてしまうそうです。

こう考えると、“自分”と“他”の境界はとてもあいまいだと思いませんか?
今こうしている間も、私たちの体は、他から取り入れた物質によってどんどん組み替えられています。
このような視点に立てば、「ここからここまでが自分」「ここからここまでが他」と言い切ることは、ムズカしいと思います。



●私たちは“ひとつ”である

かつて、宇宙は“ひとつ”でした。
その“ひとつ”が爆発(ビッグバン)して、あちらこちらに散らばり、今のようにさまざまな物質になったというのが科学の定説です。
つまり人も木も石も、いまはバラバラに見えますが、元々は“ひとつ”のものだったということです。
だだ原子(粒子)の場所と組み合わせが変わったにすぎません。

このような視点に立ったとき、“宇宙はひとつ生命体” であるという見かたができます。
人や木や花は、その中にある細胞です。
宇宙という大きなカラダのなかに、人や花など小さな器官や細胞があるというイメージです。
つまり私たちは、一人ひとり独立した存在であり、かつ、“宇宙”という ひとつの存在である……という見かたもできるのです。

このような視点を “ワンネス” といいます。
バラバラのように見えて、実は すべて “ひとつ” であるという意味です。

私たちの体は、たくさんの細胞から成り立っています。
それらは完全に独立した存在ではなく、互いに関連し合っています。
例えば、脳がおかしくなると、脳以外の場所もおかしくなります。
心臓が不具合をおこすと、からだ全体が不具合をおこします。

宇宙も、これと同じことが言えます。
「アマゾンで蝶が羽ばたくと、シカゴに雨を降らせる(バタフライ効果)」
「風が吹けば桶屋が儲かる」
などとった言葉があります。
一見すると全く関係なさそうことが、実は関係している…という意味です。
なぜなら、この世のすべての事象は、“連鎖反応” によって起こっているからです。
連鎖反応をいいかえると、「因果(原因と結果)の法則」になります。

因果の法則は、人間ひとりの間だけでなく、宇宙全体にも働いています。
だから私たちは自分だけのことだからよいと思って、不安になったりネガティブになったりしてはいけないのです。
自分の出した波動は、自分だけではなく、周りにも悪影響を与えてしまうからです。

世界はひとつのカラダです。
自分という細胞が悪くなれば、世界のどこかに悪影響をおよぼしてしまいます。
現代の自然災害は、人のネガティブな波動が原因になって発生していることが多いようです。
環境破壊など物理的な原因もありますが、それも根底には「他人なんてどうてもいい」というネガティブな波動があるのです。
すべては因果の法則です。


また、ワンネスは物質面だけではなく意識面でも当てはまります。

例えば人間は、ミトコンドリアなどたくさんの生命から成り立っています。
ミトコンドリアはごく小さいものですが、彼らにも“意識”はあります(とても原始的ですが)
しかし彼らの個々の意識は、人間という大きなひとつの意識によってコントロールされています。
彼らには「人間にあやつられている」という意識はなく、自分の意識と人間の意識がほとんどシンクロしているような状態だと思います。
つまりミトコンドリアは、“個”としての意識と、人間という“全体”として意識、2つの意識を持っているのです。
無数のミトコンドリアは、まとめてひとつの意識生命体ともいえるのです。

この考え方を、宇宙全体に押し広げて考えてみたらどうでしょうか?
そうすると、“宇宙”というひとつの意識によって、人・木・虫など個々の意識がコントロールされているというイメージが浮かび上がります。
それを逆にすると、人・木・虫などの小さな意識の集まりが、宇宙という大きな意識をつくっているというイメージも浮かんできます。

前に、

・私たちの意識がこの世界をつくっている
・私たちがこの世界の創造者である

ということを書かせていただきました。
この事実は“ワンネス”にピタリと当てはまります。
「人・木・虫などの小さな意識の集まりが、宇宙という大きな意識をつくっている」ということはすなわち、

・私たちの意識がこの世界をつくっている
・私たちがこの世界の創造者である

ということに他なりません。




●思いやりとは、相手の意識とひとつになること

私たちは“ひとつ”であるということを決定づける証拠に、

“思いやりと幸福感は比例する”

という法則があります。
思いやり能力の高い人ほど幸せで、低い人ほど嫌な思いをすることが多いのは、みなさんも実感している法則だと思います。

ではそもそも、“思いやり”とはなんでしょうか?

それは、「相手の気持ちになる(シンクロする)こと」です。
言いかえると、「相手の意識と“ひとつ”になること」です。

私たちは元々“ひとつの意識”です。つまり、

思いやりとは→相手の意識とひとつになること→元の自分の姿に戻ること
…なのです。

※ここでいう思いやりとは、ひとりよがりの親切ではありません。
相手の気持ちを想像して、相手が実際に幸せを感じられるようにすることです。


そして、ここまでご紹介した宇宙の法則に、

・真実に近づく→幸福感が増す
・思いやる→幸福感が増す

というものがありましたよね。
つまり、思いやる(相手の意識とひとつになる)ことで幸福感が増すということは、すなわちそれが“真実”であるということです。
つまり、“私たちは元々ひとつの意識である”ということなのです。


それは、空も海も鳥も人も、すべては私たち自身に他ならないということです。
隣のおじさんも、むかつくアイツも、自分自身にすぎないのです。

こう考えた時、だれしも心がフワッと軽くなるのを感じると思います。
すなわちそれが、真実だからだと思います。

それが人であれモノであれ、何かを悪く思うことは、すなわち自分を悪く思うのと同じことなのです。
因果や引き寄せの法則で、悪いおこないが自分に返ってくるのはここに理由があります。




●人は山。神は地球

私たち個々の意識は“山”のようなものです。
一見すると、山は一個のモノのように思えますが、そうではありません。
すべての山は、根っこの部分で地球につながっています。

個人の意識=山
私たち(神)の意識=地球

のようなイメージです。


また、個人の意識は“指”にも例えられます。
指は一本一本、独立しているように見えて、根っこは手のひらでつながっています。

個人の意識=指
神の意識=手のひら

のようなイメージです。
指は一本一本、意識を持って動かすことができますが、手のひらを使えば五本同時に操ることもできます。
私たちの意識の仕組みも、これと似たようなシステムになっています。



●“最高”を味わうためには比べるものが必要

私たちはもともと“ひとつ”でした。
しかしこの世界には、人・動物・植物など、じつにさまざまな種類のものがあふれています。
私たちはなぜ、このように多彩で豊かな世界を創りだしたのでしょうか。

それはやはり“より大きな”幸せを味わうためです。

“単なる”幸せなら、自分ひとりでも感じられるかもしれません。
しかし“より大きな”となると、自分以外に比べる対象が必要です。
何かと比べて、はじめて“より大きい”といえるのです。
つまり相対関係を作っているということです。

私たちは色々なものを創造し、相対関係を作ることで、より大きな幸せを味わおうとしているのです。



●すべては神の分身である

人からは人の子どもしか生まれません。
猫からは猫の子どもしか生まれません。
突然変異でも、まったく違うものが生まれるわけではなく、必ず親の要素を引きついでいます。

なぜ宇宙にはこのような“親子の法則”があるのかというと、そういった法則そのものが“神”だからです(神はシステムである Ctrl+F検索)。
つまり、神が創造したものは、神の要素を引きついだ“神の子ども・神の分身”だといえるのです。

原子、鉱物、植物、動物、人間…etc
すべて違ったもののように見えますが、それは表現のしかたが違うだけで、どれも“神の分身”にほかなりません。
人間はひとりひとり違いますが、どれも“人間”には変わりありませんよね。
それと同じで、この世のすべてのものは“神”の現れに変わりないのです。



● 人は完全に平等である

怒り、不安、嫉妬、劣等感…などなど、この世の苦しみの原因の多くは、“人と自分は違う存在だ”考えが原因になっています。

例えば二十歳のある日、髪の毛がすべて抜け落ちてしまったとします。
普通なら落ち込んで、ショックのあまりしばらく立ち直れないかもしれません。
しかし「人はそもそも、二十歳になったらハゲるもの」だとしたらどうでしょうか?
生理現象として“誰もがみな平等に”二十歳になったらハゲるのだとしたら?
誰もそのことに対して落ち込んだりせず、“当たり前”のこととして受け入れられると思います。

また、人には動物のような体毛がありません。
素肌むき出しが“当たり前”です。
しかし、それが自分一人だけだったらどうでしょうか?
他人はすべて体毛フッサフサなのに、自分だけが素肌むき出しだったとしたら…
多くの人がそのことを恥ずかしく思い、劣等感を感じてしまうと思います。

これらの苦しみは、“自分と人が違う”と概念が原因になっています。
例え二十歳にハゲたとしても、人類みんな二十歳にハゲるんだったら特に苦しむことはありません。
私たちがムキ出しの肌を恥ずかしく思わないのは“皆と同じ”だからです。

なぜ人には、このような感情のシステムがあるのか、もうお分かりですね?
そうです。
それはもともと、私たちの意識がひとつ(ワンネス)だからです。

人は根源的に「公平」を愛し、「不公平」を嫌悪するようにできています。
「公平」とは、「自分と他人が同じ」状態のことです。
つまりワンネスのことです。
私たちが公平を愛するのは、本来の自分自身の姿(ワンネス)を感じているからに他なりません。
※人には、“優越感”という不公平を好む面もありますが、長い人生経験をへて、たくさんの“負け”を味わえば、そのような幼稚な好みはだんだんとなくなってきます)


この世界は私たちの意識が創りだしたものです。
だから私たちが納得できないシステムには決してなってはいません。

「自分だけが特別に劣っている世界」
「Aさんだけが特別に恵まれている世界」

このような言葉を聞いて、直感的にどのような印象を受けたでしょうか?
おそらく“違和感”や“嫌な感じ”を受けたと思います。
つまり、魂が納得してないということです。
※あくまで直感で感じた印象です。あたまでこねくり回した印象ではありません。

一方で、
「すべての生命が平等に優れている世界」
「すべての生命が公平に幸せになれる世界」

この言葉を聞いて、どのような印象を受けたでしょうか?
おそらく、“安心”や“良い感じ”を受けたのではないでしょうか。
つまり、魂が納得しているということです。
つまりはそれが真実だということだと思います。

しかし現実には、貧乏な人、お金持ちの人、美人な人、そうでない人など、とうてい平等とは思えない世界が広がっています。
天才的な頭脳を持った人や、オリンピックの金メダリストなどを見ると、彼らが自分と平等な存在だとはとても思えません。

しかしこの世には正負の法則があります。

単純に考えれば、美人はブスより恵まれているような気がしますが、そんなことはありません。
ブスはもともとブスなので年をとっても大して美醜に変化はありませんが(スミマセン)、美人はそういうわけにはいきません。
美人が老けるとあきらかに容貌がおとろえます。
「昔はあんなにキレイだったのに…(タメ息)」
という感じで、若いときとの落差が大きいぶん悲劇的です。
また、美人は何もしなくても男性からチヤホヤされやすいので、人間性を磨く努力をおこたりがちです。
だから大人になってもちょっとしたことですぐに不機嫌になったり落ち込んだりして、いわゆる“人間力のない人”になりやすいです。
また、美人は性格が悪くても男性からモテやすいですが、そのような美人に近づく男性の多くは“顔が目当て”です。
だから美人が老けたとたん、大事にしなくなったり、浮気したりする場合が多々あります。

…と、このように“良いこと”の裏には必ず“悪いこと”が潜んでいるものです。
だからものごとの表面だけを見て、うらやましがったり嫉妬したりするのはナンセンスなんですね。

もちろん、このような説明では納得できない、明らかに不公平な状況はあります。
しかしそれでも、この世界は絶対に公平だと断言できます。
不公平に見えるのは“視野”が狭いからです。

人生はこの世かぎりではありません。
死んでからも延々と続きます。
むしろ死んでからのほうが長いくらいです(このことはまた後述します)
この世だけで考えると不公平に思えるようなことも、“あの世”をひっくるめて考えると完全に公平になっています。

この世は物質の世界です。
だから心の中は見えません。
ときには心の美しさよりも、容姿・金・地位などで評価されてしまうことがあります。

しかしあの世に物質はありません。
あるのは“意識”だけです。
いわゆるテレパシーの世界です。
だから、いくら美人(イケメン)で金持ちで地位が高くても、心が汚ければなんの意味もありません。
服装やうまい言葉でごまかそうとしても、心の声は筒抜けなのです。
この世では、心が汚くても、顔の美しさや口の上手さで出世することもありますが、あの世ではありえません。
心の声はつねに筒抜けですから、汚い心の持ち主は、それ相応の汚い場所(地獄のようなところ)に行くことになります。

あの世では、この世の地位や名誉は一切関係ありません。
評価されるのは心の美しさだけです。
心の美しさいかんで、いわゆる天国や地獄などのランクが決定してしまいます。
実に公平なシステムです。

聖書に「金持ちが天国に入るのは、ラクダが針の穴を通るより難しい」という一節があります。
もちろん実際に金持ちが天国に入れないということはありません。
しかし現世で金持ちだったり、容姿に恵まれているような人は、
「私は美人よ!(あいつは私よりブス)」
「俺はスゴイ!(アイツは俺より劣っている)」
などと、心に“おごり”が出やすいのは事実です。
“おごり”の波動は醜いので、死後は醜い波動の人が集まる場所(地獄のような場所)に行きやすくなってしまいます。

一方で、容姿・金・地位などに恵まれていない人は、そのぶんつらい思いをしやすいので、悪いカルマも解消されやすいです。
また、そのような人は、苦境をどうにか乗り越えようとして、いろいろ努力します。
だから人間力がアップしやすいです。

ゴツゴツした汚い石も、削って磨けば丸くなり、キレイに光るようになります。
それと同じで人間の心も、叩かれ削られ磨かれれば、やがてはキレイに光るようになります。
つまり、この世的に恵まれないほうが、人格の向上という点からは有利なのです。
人格が向上すれば、そのぶん天国に入りやすくなります。
この意味でも、この世は完全に公平なシステムになっているのです。


負け惜しみでもなんでもなく、私は自分以外の人をうらやましく思うことは全くありません。
スーパーモデルにも、ビル=ゲイツにもなりたいとは思えません。
この世は正負の法則※でできています。
彼らの栄光の陰には、必ずその栄光に見合う分だけの苦労が潜んでいるのが分かるからです(前世・来世を含む)

私に対して、「モモエは恵まれてていいよね」「私もモモエみたいに生まれたかった」などと思う人もいるようですが、お門違いもいいところです^^;
これまでの私の人生(前世もふくむ)をすべて見れば、絶対にそのようなことは思わないはずです。
「ゲーッ!こんな苦しい思いしてたの!? 全然そんなふうに見えなかった! これなら自分の人生のがいいや…」
と思いなおすに違いありません。
なぜなら、人はそれぞれ違う個性や趣味を持っているからです。
総理大臣は日本で一番の名誉職ですが、心の底から「総理になりたいい!!」と思っている人は少ないと思います。
それよりもお嫁さんになりたいとか、会社で出世したいと思っている人の方が多いと思います。
自分の人生は、最も自分の趣味に合ったものになっているのです。


宇宙は私たちの意識がつくりだしたものですから、絶対に私たちの納得がいくシステムになっています。
この世だけで見たら不公平なように思えても、前世、来世、再来世などを含めた広い視野でみると、必ず公平になっています。
なぜなら私たちは本質的に
「自分だけが特別に劣っている世界」
「Aさんだけが特別に恵まれている世界」
などを望んではいないからです。

魂年齢のところでも書きましたが、例えばラーメン屋の行列に並んでいて、美味しそうにラーメンを食べている人を見たとき、
「アイツらばっかり美味いまいもん食いやがって! なんてこの世は不公平なんだ!」
などと思うでしょうか?
そんなことを思う人はいないですよね。
なぜなら、どうせ自分にも食べる順番が回ってくるからです

人の幸不幸も同じような仕組みになっています。
長い生まれ変わりのプロセスにおいて、人は誰もが同じ量の幸福感を感じられるようにプログラムされているのです。
だから人に嫉妬したり、劣等感を持つという行為は、自分より早くラーメンを食べている人を羨んでいるようなものなんですね。


しかしそのことが分かっていながら、以前の私は

「じゃあ私はいつになったらラーメンを食べられる日が来るのか…」
「今世は無理かもしれない…」

と絶望したり嫉妬したりしていました。
しかし今はそのようなこともありません。
なぜならそうやって、“絶望したり嫉妬したりすることも全部、まるっとひっくるめて、完全に平等”だと気がついたからです。



●カルマは誰にも分からない

この世が完全に平等だと分かっても、以前の私は、

「私が不幸なのは、前世の悪いカルマがたくさんあるからだ」
「あの人が幸せなのは、前世で良いことをたくさんしているからだ」

などと、まだ絶望的な気分になることがありました。

しかし、うん万年以上続くと思われる前世のカルマの総量など、完璧に分かる人はこの世にいないと思います。
魂年齢は誰にもわからない(Ctrl+F検索)で書かせていただいたように、カルマの量も完璧に分かる人などいないのです。
人間は完璧ではありません(ユダヤの法則)
だからどんな聖人でも、カルマの総量など分かるはずがないのです。

だから、その辺の占い師に

「あなたは前世の罪が深い」
「あなたは前世で人を殺している」
「先祖の因縁が重い」
「あなたの家系は色々と悪いことをしている」
とか言われても、まったく気にすることはありません。
なぜならそれを上回るくらいの善行を、いつかの前世でしているかもしれないからです。

それに、これまで苦しんできた分、もしかしたら今日にでも悪いカルマが完済しているかもしれません。
それなのに「まだガルマがあるから…」と勝手に判断して落ち込むのはナンセンスだと思います。

人生の前半でうだつの上がらなかった人が、後半になって急に成功者になってしまう例はいくらでもあります。
なぜなら、良いも悪いも含めて、カルマには出てくる時期がありからです(あの世で自分がプログラムしている)

その意味でも、
「私が不幸なのはカルマうんぬん…」
と考えるのはナンセンスなのです。

とはいえ、前世の善行だのみで“家宝は寝て待つ”のはNGです。
そうすると“怠惰”という悪い波動が出てきてしまいます。
前世のカルマを期待しなくても、今日からでも良いカルマを積んでいけば何の問題もありません。

・自分の人間力を高めること
・善行すること

この2つを合わせて“徳を積む”と言います。
家宝は寝て待つのではなく、“徳を積んで待つ”のが幸せへの近道です。


ガンガン徳を積んで、自分の人生を切り開いていきましょう!


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