FC2ブログ

スポンサーサイト

--.--.--.--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

●評価される人とされない人の違い

2012.02.08.23:56

AさんよりBさんのほうが明らかに能力があるにもかかわらず、なぜかAさんのほうが出世している、というケースがよく見受けられます。

 もしくは、AさんよりBさんのほうが明らかにダメ人間なのにもかかわらず、Bさんの方が幸せな人生を歩んでいるというケースもよくあります。

これらは、魂年齢に応じて、“人生の難易度”が違うからです。
私たちは自分の魂の成長度合いに応じて、生まれ変わる前に人生の難易度を設定してきます。
幼い魂なら簡単なミッションを、大人の魂なら難しいミッションをあらかじめ設定してから生まれてきます。

例えば会社で、AさんとBさん、共に同じような成果を挙げたとします。
しかし、なぜかAさんの方が評価され、Bさんの方はあまり評価されない、という場合があります。
その原因は、ズバリ“Bさんの方が魂年齢が上だから”です。

Bさんは全力を出せばAさん以上の成果を挙げられたのにも関わらず
「Aさんがこの程度しかやってないから、自分もこのくらいでいいか」
と思って手を抜いたため、同じような成果しか挙げられなかったのでです。

もしあなたが神様の立場だったら、Bさんの行動をどう思うでしょうか?
一生懸命頑張ったAさんと、手を抜いたBさんの成績が同じだったとして、評価も同じにするでしょうか?
もちろん、そんなことはしないと思います。
神様がAさんの方を高く評価するのは当然のことです。

この世界は私たちの意識(=神)が作ったものです。
だから、神の目から見て納得のいくことしか起こらないのです。

※Bさんが評価されなかった原因は、魂年齢ではなく、カルマの場合もあります。
スポンサーサイト

“何となく憂鬱”と“何となく優越感”に注意する

2012.02.08.23:57

 なにか嫌なことがあって、あきらかに落ち込んでいるときは、
「ネガティブな波動が出てる。いけないいけない…」
とすぐに気づくことができます。

 しかし最も注意しなければならないのは、そういうわかりやすいものではなく、日頃、無意識のうちに出している波動です。
 人は特に何も意識していないと、自然にネガティブな波動が出てしまいます。
 “引き寄せの法則を知る”でも書かせていただきましたが、自分から積極的にポジティブな波動を作っていかないと、自然現象として次元の低い思考が頭の中を占めるようになっているのです。
 「仕事しんどいな~」「あんなこと言わなきゃよかった…」「あのことどうしよう…」
等々、とりとめのないマイナス思考が湧いてきて、知らず知らず“何となく憂鬱”状態になっていることがほとんどです。

また、他人と自分を比べて“あの人より私のほうがすごい”と無意識のうちに優越感を感じてしまう場合もありますが、このような波動も要注意です。
そのような波動を出していると、今度は自分が誰かに優越感を感じさせる惨めな出来事が起こってしまいます。

そのような小さなネガティブ波動も見逃さず、ポジティブな言葉で上書きして行きましょう。


みんなの悩みや不安をなくすために、一日2クリックしていただけるとと嬉しいです。
ランキング上位になれば、より多くの人に記事を読んでもらうことができます。
・人気ブログランキング
・FC2ブログランキング

10倍の覚悟をもつ

2012.11.18.21:27

何ごとにおいても、想定より10倍くらい過酷な状況を覚悟しておくと、人生がとても楽になります。
例えば会社で採用された時、「聞いていた仕事内容と違う!」「残業なしのはずなのに残業を強要された!」などと、イライラしている人がいますが、このような人は人生に対する想定が甘いと言わざるを得ません。
もし仮に私が、事務職として雇われたのにも関わらず、営業職に回されたとしても、そのことにイラつくことはありません。
初めからそのくらいのことは覚悟しているからです。
「給料がまともに払われないこともあるだろう」
「イジメ人間がいることもあるだろう」
「採用された翌日に会社が倒産することもあるだろう」
と、常に想定より10倍くらい過酷な状況を覚悟しれば、いざそうなったところで「まあよくあることだよね」と思うくらいです。
これは、まだ起こってもいないことを想像して“恐怖”するのとは違います。
ただ、強い覚悟をもつだけです。

もちろん、イジメや給料未払いなどは社会的に許されることではありませんから、しかるべき行動を起こすことは大切です。
かといってわざわざイライラしたり不安になったりすることはありません。
ただ淡々と、取るべき行動を取ればよいだけです。
そこに“怒り”とか“不安”とか、余計な感情はいりません。
そんなことをしていると円形脱毛症になってしまいます。

前から鉄球が転がってきた時、“あれは10kgはあるかもしれない”という心構えでいると、10kgの鉄球でも受け止めることができます。
しかし、“あの鉄球、表面に1kgって書いてあるから1kgだろう”と、1kgの心構えしかしていないと、いざその鉄球が10kgあったとき、吹っ飛ばされて怪我をしてしまいます。

人生はこの鉄球と同じです。
想定通りのことなどまずありません。
だいたい、想定の5~6倍はとんでもないことが起こります。
そのことは今まで皆さんも、さんざん経験してきたはずです。
なのに未だに、
「役所で30分も待たされた!」
「電車が1時間も遅れた!」
「旦那が浮気した!」
などと、いちいちうろたえている人がいますが、もういいかげん目を覚ましましょう(^_^;)
人生とはそういうものです。

どんなことがあっても、
「よくあることだよね」
と思えば、心穏やかな人生をおくることができますよ(^^)v



みんなの悩みや不安をなくすために、一日2クリックしていただけるとと嬉しいです。
ランキング上位になれば、より多くの人に記事を読んでもらうことができます。
・人気ブログランキング
・FC2ブログランキング

結婚は修行である

2012.11.18.22:20

人にもよると思いますが、結婚生活はおおよそ楽しいものではありません。
むしろ“苦行”です。
付き合い始めの頃はお互い熱に浮かされていて、人間関係のしんどさがマヒしていますが、
この熱に浮かされた状態はそう長くは続きません。
もって3年ではないでしょうか?
だからそのうち、相手に気をつかうのが面倒になってきて、イザコザが起き始め、“こんなはずじゃなかった!もっと良い人と結婚したかった!”ということになってしまいます。
日本では離婚率40%近く(ロシアに至っては75%!)もありますが、そのくらい結婚は楽しくないということですね(^_^;)

以前書いたように、この世は謎解きゲームになっています。
一見すると結婚は人生の花のように思えますが、その裏には隠された真実が存在しています。
その真実とは、実は“結婚は修行である”ということです。

人間力の高い人は、この真実に気づいていますから、誤った結婚相手とうっかり結婚してしまうようなことはありません。
しかし人間力の低い人は、この真実に気づかず、“結婚は人生の花”というイメージに引っかかって、浮かれてホイホイ結婚してしまいます。
そしてご多分に漏れず辛い思いをするハメになります。

結婚生活に悩んでいる人は、そもそもその動機に問題があります。
「一人は寂しい・一人ではいられない」という“依存心”
「老後は家族に面倒見てもらいたい」という“打算”
「独身なんてかっこわるい」という“見栄”
「独身だと人に馬鹿にされる」という“被害妄想”
「人は結婚するべきなんだ」という“固定観念”
「親がうるさいから」という“主体性のなさ”
「あんなキレイな(カッコイイ)人と一緒に暮らしたい」という“耽美状態・強い性欲”
このような邪念や雑念から結婚生活を始めたのでは、結果が良いはずがありません。
人間としての未熟さを克服するために、結婚と言う名のつらい修行をするハメになります。

人には持って生まれたDNAがありますから、生まれつき、結婚に向いている人、向いていない人がいます。
向いている人とは、上のような雑念を取り払ってもなお、心の底から結婚したいと思う人です。
もしくは自分の雑念に気づき、結婚は修行だと知っていてもなお結婚したいと思う人です。
向いていない人というのは、上のような事実を知ったとたん、結婚する気が失せる人です。

スポーツに向いている人が学者をやっても辛いだけです。
学者向きの人がスポーツ選手を目指しても、努力の割に成果があがりません。
人は自分の特性を見極めることが大切です。

わざわざ結婚という形で修行をしなくても、普通に社会に出て仕事をしていれば十分修行はできます。
だから無理に結婚する必要はありません。

しかし、自分は結婚向きじゃないと思う人でも、ある日ふと“結婚したい”と思える相手に出会う時があると思います。
その時にはぜひ結婚して下さい。
辛い中にも実りある結婚生活が待っているはずです。



○家族に甘えない

他人に気を使うことはできても、家族に気を使うことは難しいです。
人の家では礼儀正しくいられても、自分の家ではなかなかそうはいきません。
それは家族にたいする“甘え”があるからです。

お母さんは、他人の子にはとても言わないようなキツイ言葉を、自分の子供に浴びせかけます。
お父さんは、よその奥さんにはとても出来ないような失礼なことを平気で自分の奥さんにやります。
子供は、友達のお母さんには言わないようなワガママを、自分の母親には言いまくります。
これらはすべて“家族だから”という甘えからくる行為です。


家の外では、色々と人に気を使うことが多いので、家族といる時くらいはダラっと気を抜きたいのはわかります。
しかしそうすると、言動の節々に思いやりがなくなってケンカになってしまい、かえって気が抜けない状態になってしまいます。
“親しき仲にも礼儀あり”と言いますが、家族に対しても気をゆるめすぎず、つねに思いやりを持ち続ける訓練が必要です。

「家庭の中で気が抜けないなら、いったいどこで気を抜けばいいんだ」
と思われる方もいるかもしれません。
しかしそれは、“家庭=癒し”という勘違いからくる発想です。
確かに一面、家庭は癒しの場ではありますが、それだけではありません。
むしろ家庭は癒しというより“修行”の場です。
人間力を養うために神が与えた修業場-------、それが“家庭”の正体です。



○正負の法則

この世には正負の法則があります。
人は何かを得れば、必ずその代償を支払わなければならないという法則です。
人が家庭を持つ理由は色々ありますが、家族仲がうまくいっていない人は、

「一人は寂しい」
「一人は経済的に不安だ」
「老後は家族に面倒をみてもらいたい」
「働くのはしんどい。専業主婦になって旦那に面倒見てもらおう」
…などという“依存心”や

「独身はかっこ悪い」
「人から羨ましがられたい」
という“虚栄心”や、

「結婚してないと人から馬鹿にされる」
「結婚してないと親に怒られる」
という“弱気”や“被害妄想”から家庭をもっている場合が多いと思います。

このような人は、家庭を持つことによって“依存心・虚栄心・被害妄想”といった心の隙間を満たしてもらっています。
しかし、この世には正負の法則があります。
依存心や虚栄心などを満たしてもらっている人は、その代償として“気づかい・思いやり”を家族に支払わなければならなりません。
それらの支払いを少なくして、自分の心を満たすことばかり願っている人は、一種のドロボーです。
だから獄中さながらの苦しい思いをすることになってしまいます。

家族に気を使いたくないのなら、独身でいればいいと思います。
子どもなら、中学を出て住み込みのバイトで一人暮らしをすれば良いと思います。

それができないのは、家族への依存心があるからです。
自分の依存心だけ満たしてもらっておいて、その代償を支払おうとしないのは、盗人たけだけしい行いです。
家庭の中にいる以上は、“気づかい・思いやり”という代償をきちんと支払わなくてはなりません。
※中にはどうしても一人暮らしのできない方もいらっしゃると思います。その方はこの限りではありませんのでお気を悪くなさらないでください。



○中道

…と、ここまでかなり手厳しいことを書いてしまいましたが、家でも外でもずっと気を使っているのはしんどいことだと思います。
しかしそれは“家庭=修業場”という性質上、どうしても避けられないことです。
ですが、そんなしんどさを半減できるとっておきのテクニックがあります。
それはやはり“中道”です。

今回の例で当てはめてみると、
“家族に対して気をつかいすぎず、かといって気を抜きすぎず”
ということになります。
この“バランス感覚”を磨いていくことも家族修行の1つです。



○家族は反面教師

私たちには色々な“欠点”があります。
ある人は寂しがり屋だったり、ある人はワガママだったり、人によってウイークポイントは違います。
私たちは生まれる前に、
「自分の欠点を克服するには、どんな家庭に生まれたらよいだろう」
と考え、それにふさわしい家庭を自ら選んで生まれてきます。
その際、選びやすいのが“反面教師”のいる家庭です。
つまり、自分のワガママを克服したかったら、自分と同じようなワガママな親兄弟のいる家庭に生まれてきて、彼らを反面教師に自分の魂を磨こうとするのです。
父親や母親のワガママぶりを見て、「自分はこうはなりたくないな」と思うことで成長しようとします。

または逆に、自分には無いものをもっている家族を選んで生まれてくる場合もあります。
自分が“消極的”という欠点を持っていても、家族の中にとても積極的な人がいれば、少なからず影響を受けることができます。



○家族修行はどんどん楽になる

家族修行を重ねて人間力がついてくると、思いやりや気づかいがラクにできるようになります。
それは体を鍛えて体力がついがぶんだけ、運動がラクになるのと同じ原理です。
いつまでもしんどい修行が続くわけではありません。
人間力を鍛え上げ、精神筋肉がムキムキになれば、それほどストレスもなく家族と仲良くすごせるようになります。


みんなの悩みや不安をなくすために、一日2クリックしていただけるとと嬉しいです。
ランキング上位になれば、より多くの人に記事を読んでもらうことができます。
・人気ブログランキング
・FC2ブログランキング

どこまでも怒らない

2012.12.01.23:14

許す必要はないで、“怒り”がいかにマトハズレで横暴であるかについて書かせていただきました。
とはいえ、イジメ、殺人、侵略問題など、世の中には悪質な犯罪が溢れています。
このようなニュースを見ると、私も思わず怒りを覚えてしまいます。
「こんなケースに対しても怒ってはいけないのか!? 時には怒ることも必要なのではないか!?」と思われる方がいらっしゃるのは当然だと思います。

もちろん反射的に怒りを感じるのはOKです(→反射はOK
しかしその後も延々と怒りっぱなしは問題だと思います。
なぜなら波動の法則により、怒ればまた怒らなくてはならないような出来事を引き寄せてしまうからです。
結局のところ、上のような犯罪も、カルマと波動が返ってきた結果にすぎないのです。

犯罪者は、激しく怒られることによって恐怖を感じ、とりあえずは犯罪行為をストップします。
しかし心の底から反省しているわけではありません。
むしろ“こっちにはこっちの事情があるんだ! 何もわかってねーくせに!”と、逆恨みして、また犯罪、攻撃を繰り返すようになるはずです。
このようなパターンを、“戦争”という形で、人類は延々と繰り返してきました。

かといって、犯罪行為に対して無抵抗でニコニコしているわけにはいきません。
きちんとしかるべき対処をすべきです。
そうしないと“悪を野放しにした”という悪いカルマを作ってしまうことになります。

ただ、“しかるべき対処”をするときに、わざわざ“怒る”必要はありません。
表面上、怒っているように見せること必要があっても、心まで“怒る”ことはないのです。
心は怒らないまま、現実的には犯罪に対して断固たる態度を取るということです。

時には声を荒げたり、暴力に訴える必要もあるでしょう。
しかし心の中は、“愛と勇気”で溢れています。

「あの人は魂年齢が幼くて自分が何をしているのか分からないんだ」
「私はこの人が更生できるように、全力でサポートするぞ」
「私は何をされても貴方を愛す!」
「人類みんなの幸せのために戦うぞ!」
「憎いからじゃない。愛と正義のために戦っているんだ」
「私のカルマを取ってくださってありがとうございます」

行動では怒っているように見せても、心の中では上のような愛ある言葉で溢れているということです。
同じ行動をするにしても、思っていることが違うと、結果がまるで違ってきます。
これは不思議ですが、試してみるとわかります。

もちろん、どんな犯罪に対しても絶対に怒らないというのは不可能です。
感情的に相手を憎んでしまうこともあると思います。
しかし、人生に“絶対”や“完璧”は必要ありません。
“自分に出来る限り”で努力すればよいのです(→0か100かで考えない
私たちは悪をねじ伏せるために生まれてきたのではありません。
“愛そのもの=神”になるために、この世に生まれ、修行しているのです。

いかなる理由があろうと、怒りの波動を出せば、また怒らなくてはならないような事態を招いてしまいます。
私たちが今感じている怒りも、過去に私たちが出した怒りの波動が原因になっています。
新たな悲劇を繰り返さないためにも、怒りを“愛と勇気”に変えていくことが大切だと思います。


みんなの悩みや不安をなくすために、一日2クリックしていただけるとと嬉しいです。
ランキング上位になれば、より多くの人に記事を読んでもらうことができます。
・人気ブログランキング
・FC2ブログランキング

人間力は、たんなる“テクニック”にすぎない

2012.12.12.23:00

●人間力は、たんなる“テクニック”にすぎない

うつ病を直したい、不安症を直したい、もっとうまく話せるようになりたい…などなど、人にはさまざまな悩みがあります。
しかし、この世のすべての悩みは、“人間力”をアップさせることで解決できます。
人間力とは、思いやり・勇気・心の広さなど、人格的な力を総合したものを言います。

私は以前まで、
「人格とか人間力は生まれ持ったもので、努力でどうにかなるものではない」
と思っていました。
しかしそれは誤りです。
なぜなら、人格や人間力はスポーツのテクニックと同じで、努力次第で誰でも向上できるものだからです。
私はそのことを身をもって体験しました(つまり、私が証明です!)

もちろんスポーツと同じで、人間力のテクニックも一朝一夕に身につくものではありません。
毎日の“研究”と“練習”の積み重ねで、ちょっとづつ身につくものです。
しかし多くの人は、やたら練習ばかりして、かんじんの“研究”のほうをおろそかにしています。
(とくに病気の人は、あまり自分で研究せず、医者まかせになりがちです)

例えばサッカーで、なんの研究もせずに、ただやみくもに練習ばかりしても、なかなか良い結果を出すことはできません。
また、研究をコーチに任せて、自分では何も考えない。という選手もなかなかうまくなれないと思います。

なにごとも、“自分の頭を使って考えること=研究すること”が大切です。
自分の頭を使って考えるには、考えるための材料が必要です。
少ない材料でいくら考えても、なかなかよいアイデアは出てきません(つまり悩みは解決できません)
材料が多ければ多いほど、人生の問題を解決するよいアイデアが生まれやすくなります。

だから私は再三にわたって“読書”の大切さを説いています。
材料を増やすには、読書をするのが最も効率的だからです(もちろん本ならなんでも良いというわけではありません。良い本を選んで読むことが重要です)

「どうやったら上手く話せるようになりますか?」
「どうやったら人見知りを直せますか?」
「どうやったら不安をなくせますか?」
という質問は、
「どうやったらサッカーが上手くなりますか?」という質問と同じです。

「うつを治したいです」
「変なプライドをなくしたいです」
「ネガティブ思考をなくしたいです」
という訴えは、
「サッカーが上手くなりたいです」という訴えと同じです。
たえまない研究と練習しかありません。
何かとっておきの秘策があって、それを知ればいきなりサッカーが上手くなる……なんてことはありえませんよね。
人間力もそれと同じなのです。

人生はスポーツです。
そして人間力は、人生というスポーツを楽しむための“テクニック”です。
コミュニケーションや感情のコントロールは、サッカーで言うところのドリブルのようなものです。
練習すれば誰でも上手くなります。




●“外”から知識を入れること!


研究するときには、色々な本を読んで、“外”から知識を得ることが重要です。

例えば私が医者で、病気の対処法をがわからないとき、何の本も読まずに自分の頭の中だけで考えても、なかなか前へ進めません。
しかし色々な本を読んでいけば、良い対処法が分かってくるはずです。

それと同じで、悩みの対処法がわからないときも、自分の頭の中だけで考えていては、なかなか前へは進めません。
本などを読んで“外”から知識を入れることが絶対に必要なのです。



●読書をやめると成長がストップする

よく、「本ならもう何十冊も読んだよ!」という方がいらっしゃいますが、“もう”ということは、“今”は読んでいないといことですよね。
プロスポーツ選手は、最新の科学やトレーニング法など、常に新しい知識を取り入れ続けています。
そうしないと、さらなる向上は見込めないからです。
人間力もそれと同じです。
新しい知識を取り入れるのをやめると、そこで成長はストップしてしまいます。
むしろ逆に退化しかねません。
なぜなら人は忘れる生き物だからです。

私たちは“人生”というスポーツの選手です。
日頃の読書を怠るようでは、プロ人生選手にはなれません。

一部の天才は読書など不要かもしれませんが、私のような凡人は、謙虚に新しい知識を学び続けることが必要です。
人間、死ぬまで勉強だと思います。

ただ、やみくもに読書しても効率が悪いです。
中には駄本もあるからです。
しかしながら、このブログにはおすすめ本コーナーがあります!
これらの本は、私が大量の本から厳選したものなので、かなり効率良く人間力をアップできると思います。
仮にもし、このブログとおすすめ本を全て読んでいただけたとしたら、とりあえず人生に悩むということはなくなるはずです。
鬱病や対人恐怖症などの精神疾患は、まず間違いなく治ります(断言)



みんなの悩みや不安をなくすために、一日2クリックしていただけるとと嬉しいです。
ランキング上位になれば、より多くの人に記事を読んでもらうことができます。
・人気ブログランキング
・FC2ブログランキング

その場で脳に言い聞かせる

2012.12.14.20:57

性格を早く変えるにはコツがあります。
それは、何かに失敗したとき、“その場で脳に言い聞かせる”という方法です。

例えば、以前の私は“とっさの一言”が苦手でした。
人ごみで誰かとぶつかったときなど、とっさの「すみません」のが出ないのです。

大人になってからも、なかなか“とっさの一言”が言えなかったのですが、
“その場で脳に言い聞かせる”
という秘技を編み出してからは、わりと短期間で言えるようになってしまいました。

例えば、人とぶつかってそのまま通り過ぎてしまったとき、その場で、
「次はスミマセンと言うぞ!」と強く自分に言い聞かせます。
そして、次にまた人とぶつかったときも、おそらく「すみません」は出てきませんので、またその場で「次はスミマセンと言うぞ!」と強く脳に言い聞かせます。
その後も何度か同じ失敗を繰り返しますが;、それでも諦めずに、
「次はスミマセンと言うぞ!」
と思い続けているうちに、段々と「すみません」が出てくるようになってしまいます。

すると今度は「ちょっと声が小さかったな」「相手の方を見てなかったな」など、新たな問題点が見つかりますので、また同じように、
「今度はもっと大きな声で言うぞ!」
「今度はしっかり相手のほうを見て言うぞ!」
と、その場で脳に言い聞かせます。

私は基本的にこの方法で、毎日のように性格を改善していっています。

ポイントは、“ハッキリ言葉にすること”です。
声に出さなくてもかまいません。
頭の中で言葉にすればOKです。
ただし、しっかり“言葉”にすることが大事です。
ただ、悪かったな~という“気持ち”になっただけでは、いつまでたっても行動は変わりません。
ハッキリ“言語化”することで、脳の情報が書き換えられ、性格(行動)が変わっていくのです。


また、“否定的な言葉を使わない”ことも重要です。

例えば、人が怖くて、つい無視をしてしまうような性格の場合、
「無視しないぞ!」という言葉はNGです。
それよりも、「こちらから挨拶するぞ!」という言葉がお勧めです。

前者の言葉には“無視”と“ない”という否定的な単語が含まれています。
試してみるとわかりますが、否定的な言葉には、あまり“実行力”がありません。
つまり「無視しないぞ!」と言い続けても、なかなか挨拶できるようにはならないのです。

☆参考例
「モノを粗末にするな!」よりも
「モノを大切にする!」

「心配するな!」よりも
どうせ最後はハッピーエンド
 ※“どうせ”は否定的な単語ですが、この場合、“ハッピーエンド”を強める働きをしています

「気にしない」よりも
「大丈夫、大丈夫!」

……などなど、日頃の自分の心の言葉を置き換えていってみてください。


☆体験例

・私は以前、仕事が終わって帰るとき、先に帰るが後ろめたくて、つい無表情で逃げるように帰っていました。
しかし他の人がそれをやっているのを見て、“なんか感じ悪いな~”と思いました。
そこで、
「私は帰るときも元気に笑顔で挨拶して帰るぞ!」
と自分に言い聞かせ続けました。
そして今では、明るい挨拶+笑顔で帰れるようになっています(もちろん、時と場合によって空気を読むことは大事ですが^^;)

・以前の私は、人の話をさえぎって自分の話を始めてしまうクセがあったのですが、
「次は人の話を最後まで聞くぞ!」
と言い聞かせ続けた結果、今では言葉通りの行動が取れるようになっています。
ちなみに「人の話を遮るな!」という言葉はNGです。


みんなの悩みや不安をなくすために、一日2クリックしていただけるとと嬉しいです。
ランキング上位になれば、より多くの人に記事を読んでもらうことができます。
・人気ブログランキング
・FC2ブログランキング

“罪”という言葉は使わない

2012.12.15.21:06

よく、「私は罪深い人間だ」「私は罪をつぐなわなければならない」などと深刻な顔で言う人がいます(この場合の罪とは、法律的な意味ではなくカルマのことです)

確かに、悪いカルマのたくさんある人は、ある意味“罪深い”と言えますが、私は“罪”という言葉は絶対に使わないようにしています。
なぜなら自分の波動が悪くなるからです。
「私は罪が深い」「また一つ罪を作ってしまった」などと思っているときの波動は、まず間違いなくネガティブです。
もうその時点で、“波動の公害”という新たな罪を作ってしまっています。

罪とは、単に“人に与えた不快感”のことです。
そこにはただ、
“人に不快感を与えたぶんだけ自分も不快感を感じる”
という単純な物理法則があるだけです。
それなのに、“罪”という言葉を使ったとたん、それがなんだかオドロオドロしい複雑怪奇なものになってしまいます。

魂年齢が幼く、カルマや波動の法則がわからない人(凶悪犯など)は、戒めのために“罪”という言葉を使うのも一つです。
しかしこのブログを読むような方は、もはやその段階にはないと思います。
だからわざわざ“罪”という言葉で自分にムチ打つ必要はありません。
というか打ってはいけません(><)!

“罪”などという迷信めいた考えはやめて、ものごとは科学的、論理的に考えることが大切です。


※ブログや知恵袋で、便宜上“罪”という言葉を使うことがありますが、ご了承ください^^;


みんなの悩みや不安をなくすために、一日2クリックしていただけるとと嬉しいです。
ランキング上位になれば、より多くの人に記事を読んでもらうことができます。
・人気ブログランキング
・FC2ブログランキング

この世に“たまたま”はない

2012.12.17.19:55

●この世に“たまたま”はない

読者の方の中には、まだ、
「戦争や病気で苦しんでいる人が全員カルマだなんて信じられない。“たまたま”ということもあるだろう」
「あんな良い人があんな不幸な目に遭うなんて……。この場合はカルマじゃなくて“たまたま”だろう」
と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかしながら、私はあえてこの世に“たまたま”は絶対にないと断言します。

なぜなら、もしこの世に“たまたま”があるとすれば、私たちはとんでもなく不安定で恐ろしい世界に住んでいることになるからです。

たまたまのある世界とは……

・どんなに努力しても、たまたま報われないことがある。
・どんなに美しい心で生きても、たまたま不幸になることがある。
・どんなに正義をつらぬいても、たまたま悪に負けることがある。

果たして皆さんは、このような世界に住みたいでしょうか?
私は絶対住みたくないです。
私が住みたいのは、“たまたま”がない、100%“因果の法則”に支配された世界です。


●数学ほど安心できるものはない

100%因果の法則に支配された世界といえば、“数学”が思い浮かびます。
数学に“たまたま”はありません。
病気になろうが戦争になろうが、1たす1はいつも“2”です。
たまたま3になることは絶対にありません。

そして、私たちが住んでいるこの世界が、すべて数学に支配されていることは皆さんもご存知のことだと思います。
冷蔵庫のスイカが、たまたま2個に増えるということは絶対にありません。
財布のお金が、たまたま一万円増えることもありません。
どんなに複雑な機械やコンピューターも、単純な数学式の積み重ねよって作られています。

私たちは今まさに、100%因果の法則に支配された、“数学の世界”に住んでいるのです。
数学の世界とは
・1+1 → 2
・種をまく → 芽が出る
・食べ過ぎる → お腹をこわす
という、原因と結果(因果)の世界です。

「自分は、数学(原因と結果)の世界に住んでいるんだ」ということをしっかり自覚すれば、この世から不安がなくなります。
なぜなら、“たまたま”悪いことが起こるということがなくなるからです。

悪いことが起こるのは過去に自分が悪いことをしたからです。
単純な原因と結果の法則です。
つまり、“自分が不幸な原因は100%自分にある”と言うことです。

ありとあらゆる出来事は、1ミリの例外もなく“原因と結果の法則”が適応されていると考えれば、 つねに心が安心していられます。
自分が悪いことえさえしなければ、悪いことは100%起こらないからです。
この世にはユダヤの法則がありますので、もちろん100%悪いことをしないというのは不可能なのですが、それでも自分の運命を自分でコントロールできるという事実は安心をあたえます。


ビートたけしさんの言葉に
「数学というものは哲学であって、全ての事象は 数学に支配されており数学で説明できる」
というものがありますが、私はこの言葉が大好きです。
これほど人を安心させる言葉はないと思います。


原因と結果の法則は、私ひとりの個人的な思い込みではありません。
大昔から大勢の聖人たちが口を酸っぱくして伝え続けてきた事柄です。
私自身、原因と結果の法則がこの世を支配しているという事実を、毎日、身を持って体験しています。
今まで外れたことは一度もないです。

以前、“原因と結果の法則はあるかもしれないけど、たまたま悪いことが起こることもあるだろうな”とあいまいに考えていた頃は、やっぱり私も不安や心配にさいなまれながら生きていました。
しかし、完全に原因と結果の法則にのっとって生きるようになってから、私の人生は180°変わりました。
不安や悩みごとがなくなり、人から何をされても腹が立たなくなりました(反射はありますよ^^;)

たぶん私の回りにいる人は「モモエって、ほんと運がいいよね~」と思っていると思います。
しかし私は運がいいわけでもなんでもなく、ただ数学の法則にのっとって行動しているだけなのです。



●壮大な視野を持つ

しかし、読者の方の中には、
「どんなに努力しても、報われないことってあるよね」
「どんなに美しい心で生きても、不幸になること人っているよね」
「どんなに正義をつらぬいても、悪に負けることもあるよね」
と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

しかしそのようなことは絶対にありえません。
そのように見えるのは、人生を眺めるスパンがあまりにも短かいからです。

確かに、全力で頑張っても、失敗することや上手くいかないこともあります。
しかしそれは一時的なことにすぎません。
数学的に言って、“全力で頑張った波動”は、絶対に消えることはありません。
だから、いつか必ず“結果”の波動となって返ってきます。

その“いつか”は、本人が絶望するほど遠い未来ではありません。
本人が納得できる範囲の未来に返ってきます。
なぜならこの世は自分の意識で創りだされた世界だからです。
だからこの世界はすべてにおいて自分で“納得”ストーリーになっています。
自分が絶望的なるようなストーリー展開にはなりません。

“歌手になりたい”という夢を持って、全力で頑張ったところで、歌手にはなれないかもしれません。
しかし、“全力で頑張った”というポジティブな波動は確実に反射してきます。
だから、「ああ、歌手にならなくてよかった!こっちの人生のほうが断然いいや!」
と思えるような人生になってしまいます。

それに加えて、本人が切に臨むなら、来世かそのまた来世で必ず歌手になることができます。
肉体は一時的なものですが、魂は永遠です。
“人生は今世で終わり”という狭い視野はやめましょう。

私たちは世界の創造主(=神)です。
壮大な映画の大監督なのです。
人生は、宇宙規模の壮大な視野でながめることが大切です。
神様(=本来の私たち)の視点に戻って、スケールの大きな視野を持てば、何ごとにも絶望することはなくなります。


みんなの悩みや不安をなくすために、一日2クリックしていただけるとと嬉しいです。
ランキング上位になれば、より多くの人に記事を読んでもらうことができます。
・人気ブログランキング
・FC2ブログランキング

心から神様に感謝する方法

2013.03.16.18:34

●神様も人間と同じ心を持っている

毎日の習慣で、神様にお祈りしている人は多いと思います。
そこまでしなくても、神社やお寺などでお祈りしたことは誰でもあるのではないでしょうか。
そのとき、本当に心をこめて神様と向き合ったことのある人はどのくらいるでしょうか

以前の私はお祈りするとき、ただ漠然と「神サマ、イツモアリガトウゴザイマス」と思っているだけでした。
リアルな神様と対面していたのではなく、ボヤーッとした、何かわからないものにお祈りしていました。
がんばって心をこめようとしても、気持ちが空回りして、ただ疲れるばかりでした。

それは私が、神様のことを“どこか遠くの存在”だと思っていたからです。
リアルな存在ではなく、異次元の何かわからない存在だと思っていたのです。
だから、本当に心をこめて神様にお祈りすることができていませんでした。

しかし、神様はそのようなわけの分からない存在ではありません。
私たちと同じ人間的な感覚をもった、現実的な存在です。

そのことが分かってから、私は心をこめて神様にお祈りできるようになりました。

木も石も神様も、基本的な感情のシステムは同じです。
それは私たちが、創造神というたったひとつの意識体から生まれた存在だからです。
“神様も私たちと同じ人間なんだ”
ということを思い出すと、リアルな感覚で神様と向かい合えるようになります。



●神様はご先祖様である

神様といわれるような存在はすべて、私たちの“ご先祖様”です。
なぜならヒトはみな、創造神という名の、おじいさん(おばあさん)の孫だからです。
守護霊、指導霊、神社の神様などは、その中間にあたる、お父さんお母さんといえます(グループソウル※参照)
血縁ならぬ“魂縁関係”ですね。

神様のことを赤の他人だと思うよりも、血(魂)のつながったおじいちゃんおばあちゃん思ったほうが、自然に感謝の気持ちが湧いてきます。
私は、家でも神社でも歩きながらでも、つねにこのような親しい感覚で神様と向かい合っています。



みんなの悩みや不安をなくすために、一日2クリックしていただけるとと嬉しいです。
ランキング上位になれば、より多くの人に記事を読んでもらうことができます。
・人気ブログランキング
・FC2ブログランキング
検索フォーム
カテゴリ
プロフィール

モモエ

Author:モモエ
職業:デザイナー

みんなの心が楽になるようなブログを目指してます♪
リンク・転用転載フリーです!

強調したい内容が、ブログ内で繰り返し登場しますが、同じことを違う角度から説明することで、より理解が深まれば良いなと思っています。

ご質問はブログの記事をすべて読まれてからでお願いします。メールフォームは記事内にあります。

当ブログは個人運営であり、いかなる宗教や団体とも関係はありません。

携帯からはタイトル検索ではなく、URL検索をすると引っかかりやすいです。

カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。